2005/11/27

追憶の調布関東村(3)府中基地キノコの森

2005/11/27 by サカタ@カナダ

(3)府中基地キノコの森(1990-1994)


府中基地バードハウス前(1989年)
調布基地関東村での勤務開始時、基地警備先輩であるキノコの隊長はサカタ隊員の受け持ちとなった関東村構内(2000年から東京外語大)、関東村飛び地(現味の素スタジアム、当時はただの草っ原)、そして府中基地跡(2016年時点まだ現存)を案内し現地指導してくれました。


しかし、関東村構内では「この倒木にはいいエノキが出るんだ。こっちにはヒラタケが」と樹木のヘコミみたいなところばかり念入りに紹介し、飛び地の原っぱでは「ここは本州で唯一ニオウシメジが出た場所なんだ。また出るかもしれないから見逃さないよう注意」と申し送る。この隊長はいったい何のために仕事を教えてくれているのか、よく分からないのです。

彼とはバンドを通じて学生時代からの付き合いで、この頃は一緒にやったりもしていたのですが、遊んでいても音楽をやっていてもとにかく独創性がほとばしる骨柄で、仕事を共にしてもこの通り。本人はこれをまじめに言っているのだから恐れ入ります。

立川、府中、関東村の米軍基地跡に残された森は、なにしろ70年代から20年間フェンスに囲まれ人跡未踏の地なわけですから、都内平地とは思えぬキノコや野草の宝庫となっていました。その基地での警備仕事が契機となったのか、彼はこの頃写真機器を大量に買い込み、各基地跡を含む野山での探索→写真撮影→調理というキノコ道を究めつつありました。それがそのまま彼の蒸気機関車に石炭をくべ、現在は雑誌等にものを書く真のキノコ者となっているそうです(追記:2016年に彼は何冊目かの書籍を出しました。野外料理の美しい本)。歌もちゃんと歌ってるのかなあ。―――1・2・3・4、3・2・1・0。俺の気持ちは変わらないよ。




Funky Goods「府中基地跡(2003)」 ◆ 廃墟デフレスパイラル「○中米軍基地跡 (??年)」

さてその私のもう一つの管轄地であった府中基地跡は、波多利朗さん (Studio Pooh & Catty) の「Funky Goodsと、芝公園公太郎さんの「廃墟デフレスパイラルに写真が残されていました。

いずれも近年の撮影なので、私が知る頃と内部の様相はかなり変わっているのかもしれませんが、お二人は素晴らしい記録を残してくれ、その借用を快く許してくださいました。ありがとうございます。オリジナルページでそれぞれの写真に付けられた波多さん芝公園さんのキャプションが味わい深いので、上をクリックして元のページをぜひご覧ください。「Funky Goods」には調布関東村の 2005 年現在の姿も収められています。







府中基地内道路 (C)Studio Pooh & Catty
府中基地跡の構内は、木と草と落ち葉に侵食され狭まり、車で通れる箇所が限られた道路が走っています。立ち木が折れて構内道路に落ちると、次に除草業者が入り片付けてくれるまでそこは車で通れなくなってしまいます。その間警備員は車が入れないエリアを、徒歩でトボトボ巡回したのです。




バードハウス (C)Studio Pooh & Catty
南西のゲートから入ってすぐにあり外からも見える、隊員たちがバードハウスと呼んでいた巨大ながらんどうビルディング。元はなんだったのかまったく不明。4階相当吹き抜けのはるかな天井に多くの鳥たちが巣を作っており、足を踏み入れると「バサバサバサ・バサバサバサ」という威嚇的な羽音が虚空に響き渡って、ヒッチコック的な戦慄が味わえました。


 

緑の洪水(C)芝公園公太郎

府中基地では半端ではない勢いで緑が増殖しており、このように完全に草に埋もれ入れない建物も多数ありました。



緑の津波(C)芝公園公太郎
この調子ですからもう。草木の王国府中基地。日々拡大するジャングル。やはり日本は亜熱帯地域です。



ツタの館 (C)Studio Pooh Catty
このツタもすさまじい。小さな敷地の中にさまざまな種類の建物がありました。住宅、工場にオフィスなどもあり、書類や資料が散乱している部屋もありました。建物はなぜか調布より傷みが激しく、部分的に床が抜けて危ない箇所も。



秘密の花園 (C)サカタ1989年
春夏にはこうした草木が実に色鮮やかで美しく、さまざまな花が誰にも知られず咲き誇る秘密の花園となっていました。府中基地に行く前にはいつも食料を仕込み、誰にも知られぬ草木の中で警備車を止め昼食を摂るのを楽しみにしていました。




双子のパラボラ (C)Studio Pooh & Catty

キノコ隊長に案内されて初めてこの場所に来、上記のバードハウスやこのあらぬ方向を向いて立っている巨大パラボラを見たときには、大きな衝撃を受けました。すごい。なんだこれは。近隣民家からわずか数百mの場所に建っている、異様なしろもの。




パラボラの謎 (C)Studio Pooh & Catty
このパラボラは使用はされていなかったようです。右の電波塔はまだ米軍により使用され、警備員も立ち入れないようになっていました。しかしこの、誰しもがショックを受けるだろう皿の大きさよ。

居住区ゆえ残されたものが集合住宅だけだった関東村よりも、このように建造物もバラエティに富み雑然とした府中の方が、廃墟としてはずっと面白いものでした。

構内をこうして一通り案内した後キノコ隊長は、初めてこれらを目にして興奮したサカタ隊員を満足げに眺め、南西の森の中にある邸宅群の前に連れて行きました。高級将校用らしきそれらの邸宅は、今私がカナダに住んでいてもあまりお目にかからないような、ガラスのサンルームに暖炉が作りつけてあったりするレトロな豪邸でした。美しい。そして隊長は言うのです。

このあたりにはオオイチョウタケっていう最高級キノコが出たことがあるから、見逃さないよう........あ! あった!」オオイチョウタケそのものの群生が、そのときそこにあったのでした。俺たちはまるで、夢の中を笑いながら歩いているみたいだ。



それから2年余が経ち、調布と府中基地の段階的取り壊しが決まり解体が始まった93年冬、ある日の巡回であの邸宅群が一気に解体され消滅したのを見たときには、実にはなはだしくガックリきました。なんてことだ。あんなに美しかったのに。キノコの森も、ブルドーザに踏みにじられてしまったよ。






これは作者不詳のアーティストが、府中基地にどれほどの日数か侵入し続け、廃品をペンキで固めコツコツと作り上げたと思われる芸術作品です。私が府中に入ったときにはすでに完成し、その後手が加えられる様子はありませんでした。

この写真があったサイトは消滅して ikkou.info というサイト作者様の連絡先も分からないのですが、撮影日付は 2005-02-11 らしい。するとアトリエになっていたこの建物は、現在もまだ府中に残っているということになります。するとあのレトロ邸たちは壊されたけれど、そこからバードハウスに向かった地点にあるこれらの建造物は94年以降も、意外にも解体されてないのだろうか。今は誰が警備をやっているのだろう。やはり若く金のないバンド野郎とかなんだろうか.....と、いろいろなことに思いを巡らせてくれる1枚の写真です。

【2016年追記】

 

あのオオイチョウタケを見つけた夕方撮った写真を、日本帰国時に実家に残した古いアルバムから見つけました。うれしそうにキノコを見せる私が座っていたバードハウス内の椅子は、20余年後もそのままあそこにあることを、ネットで見つけたこの写真で知りました。本当に時が止まった場所だ。


そして府中基地の写真決定版というべきサイトにも出会いました。廃墟写真集を出されている日本在住フランス人写真家ジョーディ・ミオウさんの「府中空軍基地廃墟」。デジタル処理された尖った写真に唸ります。ああすべての屋内写真と落書きに見覚えがある!



(2016年、サイト移行と改訂)

続く> (4)ゴールデンブラウンの立川基地



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日記「立川基地の青春」(ランドリーゲイトの想い出)

2 件のコメント:

  1. サカタさん、初めまして。
    あの府中基地のオブジェは2ちゃんねる・廃墟好きの手による作品です。あそこも近々ど派手に無くなるようなので正規に許可を頂いて取材してきます。しかし夏はいやですね。

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  2. 情報をどうもありがとう。あれは2ch等が世に出るよりはるか昔の作品なので、「現在2ch廃墟スレッドにいる有志が昔作ったもの」という意味でしょうか。あの場所が消え失せる前になにか見つけることができたなら、是非見せて聞かせてください。期待しています。

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