2012/03/28

日記「つながったカーネーションの時間」

「カナダのコンサバ家具」「エバートン2年目終了」「ボート漕ぎ見学」

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■12/03/17(土) □ カナダのコンサバ家具
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だいたいどこもこんな感じの家具調度類
改装したバスルームに合うタオルハンガーやミラーなどの調度を探しに、久々に一家で買い物。改装時にMが家の装飾品に詳しい姉の助言を得て選んだ家具調度類を見ても、今日タオル掛けなどの風呂用品を見ても思うのだが、カナダのこういう家回り品ってどこに見に行ってもコンサバティブである。クラシックでクリーンでこれといった特徴がない。

家具はともあれタオルハンガーなどの小物は、IKEA とかで探せばもっとポップでかわいいのとか、機能的に面白いものがあるんじゃないのかと感じる。しかしこういう店の品揃えを見ると明らかに、カナダ奥様方はカワイイや多機能なものは家に欲しくないのだろうな。クラッシーでクリーンなもので家回りを固めたいという志向が伺える。

クリーンといえば石鹸置きを探すときにM姉が、「いらないわよ、今どき石鹸を使う人はいないわ、石鹸カスがトレイにたまって汚いし。ボディソープよ」と言ったのだそうだ。これを伝え聞いてそんなにクリーンが大事かと笑ってしまった。彼女の感性に代表されるクリーンこそ至上、生活感をいかにシャットアウトするかが重要という価値観が、カナダ奥様方にはある。

日本語 TV で「Before After」という改装番組をやっていて、たまに見ると日本人はクラッシーなクリーンさよりもやっぱり、収納の便利さとか採光の工夫などの機能やアイデアに喜ぶのがわかる。俺もそう。日本人とカナダ人とはそこが違うと痛感するのである。

俺はクリーンはわかるが、生活感を排除するためにものをいちいち収納したりすることにはたいして意味がないと思うので片付けず、いつも奥様に怒られるわけです。結局 IKEA にもたいしたタオルハンガーやミラーは売ってなく、保留にして帰宅。

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巨大メカと溶岩があふれるゴロン鉱山
【ゼルダ・トワイライトプリンセス】溶岩吹き上がるゴロン鉱山に足を踏み入れる。洞窟内の広間に入った瞬間、うぉおおおと声が出た。すげえ。これは2つ目のダンジョンだな。すげえ。さまざまな仕掛けも楽しい。冒険そのもの。「これ、買ってよかったねえ」と萌とうなづき合うような大冒険である。

しかしリンクを行きたい方向に正対させるのが馬鹿馬鹿しいほど難しく、ただそれだけの理由で何度も何度もジャンプに失敗し溶岩に落ちて死んでしまう。これには本当にうんざりする。何度も書くが、リンクを横に向かせたい時だけボタンで横を向かせるという操作仕様だったら、こんな理不尽な苦労は全部なくなるのに。ったく。

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■12/03/18(日) □ エバートン2年目終了
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この春休みは萌が機嫌がよく、今日は一緒に家事をしながら Youtube でレディガガやゼルダの音楽をかけ、俺にずっと話しかけてくる。去年の春休みは萌が全然俺と口を聞かない状態で、そういう年頃だし春だとなおさら(その後態度が良化したので)なのかなと思っていたが、別に季節ものではないらしく、今年は大違いだ―――などと考えていて、これは Wii のおかげ以外の何物でもないなと思い至る(笑)。やっぱ共通の話題があると、ケンカもしないものなのね。

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【Wii FIFA 09 All-Play】エバートン2年目はリーグカップ、プレミア、FA カップの変則3冠で終了。終盤は先制され負けそうになっても絶対に追いつく根性の戦いで、充実していた。CL だけは勝てない。ポルト/ユベントス/セビージャのグループリーグすら突破できなかった。やっぱ CL のチームは強いわ。うちももっと強くせねば。

しかし3年目も資金増強はまるでなし。いい加減まともにやる気がなくなるな。リセットするか。いっそ警告を無視して 40 億の持ち金を全部使い大型補強してみようかな。途中でクビになるのかな―――とか迷いつつ、去年と同様に FA 選手を取って売り資金を作り、廉価高速ドリブラーとしてユーザーフォーラムで推奨されてたトリノの MF アバテを購入。加速と速度が 18/18 で速い速い。短いスルーパスもうまいし守備でもよく走りタックルも悪くない。これはいい選手だわ。こういう選手を取ってしまうともう使いたくてたまらなく次のシーズンへ進むわけです。サッカー・マネージメントゲームはやめられない。

FIFA 09 は選手の個性がよく出ていて面白い。たとえばうちのエースのヤクブが2年目から得点力不振なのだが、これはプレイスタイル的に中盤に下がってきてしまうからで、シュートチャンスにいるべきところにいないのである。Aggression(ガツガツ度)が高いので勝手にボールを追ってプレスをかけ中盤に下がってしまうのかな。これをどうしたものか。こういうことを考えさせてくれるところがよくできている。

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■12/03/23(金) □ つながったカーネーションの時間
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【カーネーション】夏木糸子編はただ見るだけの消化試合だったのだが、残り2週にして奈津が登場し空気が一変した。再会シーンの2人の表情を見た瞬間、夏木さんが糸子に見えてきた。奈津役の人が似てるとか夏木さんが似てるとかそういうことじゃなくて、冷凍保存されてた2人の関係がそこにブワっと出てきたのだ。その再会のおののきを味わうことによって夏木さんもやっと、「カーネーション」の時間の流れの中に飛び込めたのだと思う。それを見てやっと俺たちも、「カーネーション」の時間の流れに戻ってこれた。

序盤の夏木糸子停滞期は制作側がなかば覚悟してそうしたらしいが、2週間も引っ張らず「カーネーション」の時間と夏木糸子の時間をすり合わせてくれたらよかったと思う。でも老奈津ほどの背景と配役を用意しないとすり合わせはできず、それはどれだけ探しても1つだけしか見つからなかったんだろうな。

『物語に登場した人たちのアクティビティがああなってこうなってこの現在の岸和田の空気感につながっている、ようには見えない』と前に書いたが、奈津が登場してカーネーションの時間と空気がつながった。夏木糸子も老奈津もなにもしなくても、もう「私は小原糸子です」的アリバイ演技なんかしなくても、2人が生きて再会できたということが、本人たちにとっても視聴者にとってもとてもとても意味があることなのだ。尾野糸子とその周りの人たちが積み上げた宝が、ほんの一しずく受け継がれた瞬間だった。



しかし奈津はまた糸子の前を去り、糸子は奈津との再々会を少女のように夢見ながら病院でファッションショーを催す。モデルとして応募してきた、ガンを病む若いお母さんに胸を打たれる。「世界の中心で」などは、死んでいく恋人&自分のラブオンリーみたいな子供じみた価値観に支配されており俺はまったく共感しないのだが、この加奈子さんは違った。彼女が子供と家族と世界のすべてを愛していることが一発でわかる。だから泣かされる。

奈津と一緒にショーのステージに立つというボンクラで甘い夢はかなわなかったけれど、このお母さんを通じそれに負けないくらいに美しい幸せを演出した糸子に、奈津との再々会という褒美がもたらされる。今日こそは逃さへんで「待っとれ」と奈津のいる院長室へ早足で向かう糸子の顔は、大事な宝を取りにいく喜びに輝いていた。こういう顔を見たかったのだよ、糸子さん。よかった :-)。

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■12/03/24(土) □ ボート漕ぎ見学
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この喫水の浅さがこわい(笑)
LDとMのボート漕ぎレッスン@ポートムーディの入江を見学しに行く。行ってみてボートの長さにぶったまげた。4人乗りだというので3人乗りカナディアンカヌーの 1.5 倍くらいを想像してたのだが、7~8mある。で幅は人間1人分ぴったりで超細長いのだ。乗員が乗ると着座位置は水面と同じくらい。お尻がはみだしてます。つまり明らかに艇の横ロール方向は安定していない。うわーほんとにこれに乗り海に出るのかよ、という感じである。

そしてなんとコーチが伴走する自分のモーターボートに乗っていいわよという。寒いし船酔いしそうだしで俺は遠慮しますよと言ったのだが、萌が行く行くといい同行して行くことになった。うひゃーである。小さな入り江だから波は小さいが、俺は海が怖いのよ。しかし来てしまったからには戻れない。すごい眺めだ。

コーチの指示を聞きながらしばらく見ていてわかったが、こういう高速艇は左右のバランスを取るものは何もついてないので、漕ぎ手のうち誰かがパドルを羽根のように水面につけているときだけ左右が安定する。でMたちビギナーの場合ストロークがきれいにシンクしないので個々のオール応力のばらつきにより絶えず左右に小さくロールしており、最低1人は羽根になってないとバランスが取れないらしい。

コーチの号令に合わせ先頭の漕ぎ手から徐々に人数を増やし、3人のストロークが安定したら第4漕手も漕ぎ始めるのだが、すると安定翼がなくなるので途端に横揺れが大きくなる。これは4人のストロークを完璧にシンクさせる以外コントロールしようがないのでどうにもならず、当然怖いし危険なのでみんな一旦漕ぐのをやめ、全員パドルを突き出し安定翼となるという次第。これはやっぱ難しいんだー。

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こんなものを海上至近距離から眺めるなんて俺の人生であるとは思わなかったので、大変に興味深かった。スポーツとしての面白さももちろんわかる。が、Mは俺にこれをやらせたくて何度も何度も懇願してるのだが、俺は遠慮しとくよ。怖いし難しい。彼女は海上に浮かぶ気持ちよさを至福と絶賛するのだが、海に浮かんでいても夏の砂浜からこの海を眺めていてもその気持ちよさは変わらない。乗せてもらったのは幅のあるモーターボートなので転覆は怖くはなかったが、酔ったら困るから早く岸に戻りたいと心細く思っていた。ビーチにいたほうがいいわ。

それにスポーツとしては自転車やバイクのほうが面白いと思う。Mたちの横でやってた1人乗りミニマム級ヨットみたいなやつが、喫水線ぎりぎりまでフルバンクしてくるくる曲っておりバイクみたいで面白そうだった。

ボートに乗りたいという気持ちは一向に湧いてこないが、もしやるなら静水でカヌーだったらやりたくなくもない。しかしこうしてコーチに教わって習い事としてスポーツをやるということがソモソモそそらないんだよな。日本で何度もやったように夏にゴムボートを上流に持って行って、弁当を持って川を勝手気ままにツーリングしたい。そういう遊びスポーツだったらやりたいよ。フレイジャーリバーは大河すぎるし、周辺支流は夏は蚊がものすごいのでツーリングはできないのかもしれないが。

2012/03/16

日記「尾野糸子なきカーネーション」

「追悼式中継」「震災1周年」「【FIFA 09】初年度終了」

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■12/03/10(土) □ 追悼式中継
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震災1周年。日本からの追悼式中継を見ながら、俺は亡くなった方々よりも、全ての持ち物と住んでいた町を失った人たちのほうにより深く同情してるなあと考えていた。なにかの事故で自分自身が死んでも俺はあきらめがつきそうな気がするが、たとえば火事ですべての持ち物や PC データが焼けてしまったらしばし廃人になるような気がする。

もし火事になったら最悪でも家族の PC だけは窓から放り投げても焼失から救おうと考えているけれど(芝にケースごと落下すれば、HDD は助かる可能性があるのではないかと)、ビデオ、DVD、写真はもちろんあれだってこれだって、もし燃えたり水に流されたらたまらんというものは家中に限りなくある。人はみな大事なものに囲まれて暮らしているわけで、それがわずか1時間の間に海の藻屑と消えるというのは、本当に耐え難いだろうと思う。

俺はカナダに来るために 10~20 代に手に入れたもののほぼすべてを日本に置いてこざるを得なかったわけだが、当初はロマンスで燃え上がっていたゆえに喪失感もまぎれていたし、いま 20 年近く経ってみればその頃と大差ない物持ちになってはいるが、その中間点ではたまらない気持ちはいつもあった。よくあんなことができたものだと今にして思う。

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■12/03/11(日) □ 震災1周年
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震災1周年、NHK でもカナダ CBC でも特集をやっている。カナダ CBC では津波のときにカメラを持ち撮影し(てかつ助かっ)た人々の撮影映像を集めた番組をやっていた。実際に人が水に飲み込まれていく瞬間が多く写っている。それを見て「馬鹿(なぜ早く逃げなかったんだ)!」と叫ぶ人々の声も入っている。こうした日本では放送できないだろうものも多くて、Mともども改めてショックを受けている夜。

昨日追悼式中継を見ながら、亡くなった方々よりも全てを失った人たちのほうにより深く同情するなんて考えていたが、やっぱりあんな逃げ遅れて水に飲み込まれるなんて死に方はひどすぎるなと思った。昨日あんなことを考えてすいませんでした。合掌。

しかしほんと何度も思ったが、あんな津波がこの世に発生しうるのだと人々が知っていたら、どれほど多くの命が助かったことだろうか。スマトラ沖地震のときの映像は、水が通りをしゃーっと高速に通り過ぎたという感じで、建物の2階にいた人たちは助かっていた(ように見えた)。建物ごと根こそぎ持っていかれた今回の津波はそれとは全然違う。あんな津波映像が過去一度でも世界に流れていたら、もっと早くに多くの人々が逃げていただろう。原発だって非常用電源だけはなにがなんでも強化していただろう。本当に初回でいきなり3アウトゲームセットみたいな、これ以上悪いことは今後も起こりえないような、そんな厄災だったと思う。

こうした映像が世界に流れたこれ以後は、大地震の時の人々の行動は変わることだろう。それで助かる人々が増えるかもしれない。原発は当然世界中で安全性向上が進められている。その意味でも、これ以上悪いことは今後も起こりえないような、そんな厄災だったと思う。

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■12/03/12(月) □【FIFA 09】初年度終了
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【Wii FIFA 09 All-Play・マネージャーモード初年度】フリーエージェント選手を取ってエバートンを強化し、格下には確実に勝ち同格と格上には勝ったり負けたりしているうちに首位に立ち、プレミア4強は意外にもポイントを積み上げてこず、結局そのまま優勝してしまった。あれま。こりゃリーグ順位はシミュレーションが甘すぎるな。実際戦えば4強はめちゃ強いわけだが、それがちゃんとリーグ順位に反映されないらしい。

まあ実際本物に近いシム結果を出すには Football Manager 級の精度が必要なんだろうけど、こんないい加減なリーグ順位になるくらいなら選手の総合力をそのままリーグ順位としておいてくれたほうが、プレイヤーとしては盛り上がるな。「ここでマン U を倒さねばリーグは勝てない!」くらいの気合が入ったほうが楽しいのだ。

リーグ順位は淡白だったがどんな試合も文句なく面白い。何度ゴールを決めてもそのたびに両腕を突き上げてしまうくらい燃えている。一番燃えたのは負けたら終わりの FA カップで、準決勝でマン U に勝ったときには心臓バクバクの興奮ものであった。決勝もウェストブロムなんていう弱敵相手だったのだが、タイトルがかかっているから緊張するし相手もモチベーションが高いからか驚くほど強く、勝ち切るのは大変だった。リーグは 4 強以外から勝ちを拾っていけば勝てるのだとわかったのでうれしくもないが、カップ戦を勝ったのはうれしい。1 年目にしてプレミアと FA カップの 2 冠達成。

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で Football Manager での経験から、2冠の賞金と CL 放映権で 20~30 億は入るな、いい選手を数人取れるぜと強化プランを立てていたのに、なんと一銭も入らない。なにかの間違いかと思いあらゆるメニューを開いて調べたが金は入っていない。なんだこれは。これじゃ強化ができんではないか。リーグ優勝しても資金が増えないなら、マネージャーモードという経年シミュレーションを続けていく意味がないではないか。なんなんだ。

調べてみたが、このゲームは賞金はないものらしい。FIFA をやってる人は Football Manager/Championship Manager 愛好者と系統が違うのか、優勝しても強化資金が出ないことの異常さが英日とも話題にもなっていない。せいぜい「カップを取ったらお祝い金がもらえるスポンサー契約を選んでおこう」くらいなノリらしい。そんなわけないだろう。仕方がないのでみんなフリーエージェント(無雇用)で取った選手を売って強化しているようだ。なんだこの馬鹿仕様。

しかしそれ以外やりようがないしこのチームで CL は戦いたいので、フリーエージェントを探し売りその金で強化を行う。馬鹿馬鹿しい。頑張って素晴らしい成績を出した俺様がなんでこんなセコイ裏技をちまちまやって小金を作らねばならんのだ。役員会はなにをやってるんだ。CL でいい成績を出してもこんな調子だとやる気が続かんだろう。これは非常にやる気を削ぐ。ここまでクソだとは思わなかった。なんでこんな馬鹿仕様がテストプレイを通るんだ。なんなんだカナダ人ゲーマーって(EA はうちの隣町バーナビーにある)。

というわけで、サッカーの試合だけは面白い。それ以外はほんとクソゲーな FIFA 09 である。

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日本風呂を愛すうちの奥さん念願の深風呂桶が今日完成。いま入ってきました。サイコー。俺は萌の次に入ったのだが、お湯が冷めてないことに驚いた。前の風呂桶はすぐお湯が冷え、これは水面の表面積が日本の風呂より広いから仕方ないんだろうと思っていたのだが、これはつまり前の70年代スチール製風呂の横壁からものすごい勢いで熱が逃げていたわけである。現在のグラスファイバー製風呂ならばこんなに保温性が高いのか。

水位はヘソ上10cmほどだが、横になれば膝先を残し全身が快適に収まる。家風呂で肩までつかり寒い思いをせずゆっくりと本を読める気持ちよさは、改めてうあーと声が出るほどであった。うちのBR義母さんなんか生まれてこの方ずっとシャワーで風呂に入った記憶がないそうだが、そんな人生は間違ってるぞとつよくつよく思う気持ちよさである。

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■12/03/13(火) □ 尾野糸子なき「カーネーション」
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尾野糸子引退後の「カーネーション」は、きちんと見てはいるが、その都度まあ明日に期待しようと思うくらいの観戦態度である。悪くはないがフツーの朝ドラになってしまったので、見逃さなければそれでいいという感じ。

がっかりはしてないし最後まで見るが、ツイッターで多くの人が「渡辺あやさんだからきっとなにか考えがあって」「オノマチ糸子とつながってきた」と見ている自分らを盛り立てているのを読むと、みんながこんな感動しようと努力するくらい愛してきた「カーネーション」なんだよなという寂しさを感じる。

俺があれほど乱発していた「#カーネーション」ツイートをバッサリ止めた最大の理由は、実はすべてのフリータイムを FIFA サッカーにつぎ込んでいるからだが、ここまで約10回で何かを書けるほど心が動いたシーンも特にないのである。

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尾野糸子引退までも完璧なわけじゃなかったし、こんな長い物語の隅々まで完璧なものなど作れるわけがないとも思う。しかしいま画面の風合いを変えたりキャストを総入れ替えするなどしているのが、熱心なファンが分析するように制作陣が「現代と老境の味気なさ」を表現しようとしてのことだとすると、俺はそういう制作者の作為のようなことが嫌いなんだなと自覚する。物語はもっと自律的なものであってほしい。

そう、ここ2週間の「カーネーション」は自律的じゃなく、作為的だと俺は感じている。つまり、物語に登場した人たちのアクティビティがああなってこうなってこの現在の岸和田の空気感につながっている、ようには見えないのだ。制作者の英断でバッサリこうなりましたとしか俺には感じられない。ずらりと並べられた写真立ても、「キタムラって言ったら大メーカーじゃないですか」といった言葉も全部、ちゃんとつながってるんですよというアリバイづくりに見え聞こえる。

「周防が魅力的すぎて自分のコントロールを超えた」「北村の芝居がうますぎて替えが効かず死んでもらった」と脚本家渡辺あやの言葉が漏れ聞こえてくる。それを読みながら俺は、尾野糸子引退までの渡辺あやの仕事がすばらしすぎて、この物語はもう彼女のソロアルバムになってしまったんじゃないかと感じている。「カーネーション」はボーカルもギターもベースもドラムも個性際立つバンドだから素晴らしかったわけで、楽曲だけがよかったわけではない。

「いい歌はギター1本で歌ってもいい歌だ」なんてことをいう人がいるけれど、だけどやっぱり「ジョンの魂」よりビートルズのアルバムのほうが今でもよく聞くじゃないですか、ぼくたちは。どっちも大好きだけど、やっぱりバンドサウンドにはそれだけの魅力があるんですよ。もう一度バンドサウンドをかき鳴らし、「A Day in the Life」のような美しいコードでバーンと終わってほしい。

2012/03/14

日記「サッカーゲームのパスについて考える」

「ゼルダ・谷間の廃村」「FIFA 09・ついに開眼」「FIFA サッカーの美点欠点」

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■12/03/06(火) □ ゼルダ・谷間の廃村
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カカリコ村。これも前に見た「ゴッホのトアル村」のファンが作った3D画像だと思われる。こういう感じなんですよ。

【ゼルダ・トワイライトプリンセス】闇に滅ぼされたらしき谷間の廃村カカリコ村に来た。ここもいい光景だ。高いところに登って町を見下ろすと、ラピュタのパズーの村みたいな谷間感があり気持ちいい。上空を舞う虫竜は無重力感漂う飛び方がナウシカそのもの。このゲームはほんと宮崎駿トリビュートっぽい。

町の入口で垂れ下がり風に揺れる看板を見た萌が「あ。......ここは元はきれいな町だったんじゃない?」とつぶやく。家を探索しながら「ここはイン(旅館)だったんだわ。ほら、ベッドがたくさんある」とつぶやく。この村でやることは家々への入り方を見つけ、隠されたものを探し出すだけで割合単純なのだが、そのためにこれだけのビジュアルを持った村と、一つ一つの家をちゃんと作ってくれているからこうして感興が沸き起こる。こういうところに任天堂の良心を感じる。

そしてはるか彼方の高い断崖の上まで道がついていることに気がついた俺が、「あそこに行けるよ萌!」と興奮する。これは楽しいわ。Playstation FF の町もきれいだったけど、あれは擬似 3D の平面絵の中を上下左右に歩いているだけで、レンダリングされてるのはキャラだけだったもんな。こうして広さや高さや大きさがしっかりとある本当のバーチャル世界を旅する楽しさを、今俺たちは存分に味わっている。

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■12/03/07(水) □ FIFA 09・ついに開眼
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一番引いた「TV」画面でこれくらい。シュートレンジを画面に入れるには、もっと前進する必要がある。

親子でゼルダは順調なのだが、なぜかうまくいかない俺のサッカーゲーム【Wii FIFA 09 All-Play】。昨夜も戦いに敗れ疲れ果て眠りにつきながら、なぜだなぜだと考えていて(情けなし)ハタと気がついた。画角だ。ガバリと起き出し1試合だけカメラを次々に切り替えながらテストし、FIFA 98 時に使っていた TV というアングルが見つかった。遠目の高めのカメラ位置で、選手の華麗な技は見えにくいが、一番肝心な選手間の距離がよくわかる。これで昨日まであれほど引っかかったパスが通るようになった。というか通らないときが見えるようになり、無駄パスを出さなくなり、攻撃にリズムが出てきた。よし。

パスが通るか、ドリブルで抜けられるか、相手 DF からボールをスクリーンできているかがサッカーゲームのキモで、映る範囲が若干狭いデフォルトビューではこれがよくわからず苦労したんだと思う。DF からボールをスクリーンした状態でドリブルしつつボールから目を離してパスコースを探し、ここぞというところでパスを出す。カットされたらすかさずプレスに行く。これでいい試合ができるようになってきた。

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■12/03/08(木) □ FIFA サッカーの美点欠点
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Wii FIFA 09 All-Play】ようやく波に乗り、難易度セミプロ(中級)のマネージャーモードでエバートンを操り、リーグ首位を快走中。アーセナルを破ったのにはしびれた。マン U にはリーグでは 2 戦とも負けたが、FA 杯で勝った。ドキドキした。

FIFA は FIFA World Cup 98 の頃から、スペース、AI 選手の動き、操作するプレイヤーのなすべきことというサッカーフィーリング(というかスポーツ感)がよくできている。攻撃が遅ければゴール前に守備陣が揃い、たとえドログバを持ってしてもシュートを打てない。押し込まれるとどれだけクリアしても拾われ、苛烈な波状攻撃を受ける。スペースと人数により局面が変わるサッカーというものの表現が自然なのだ。DF ラインと FW の高さだけで攻撃力とプレス力を調整できたカルチョビットに通ずる、『サッカーにおけるスペース把握』の面白さがある。

FIFA 98 と比較しての進化》スペースへの走り込みや DF ラインの裏取りなど選手たちの AI も進化してるし、技術が高い選手なら接触でボールのコントロールを失ってもどうにかコントロールを取り戻しマイボールにできるという、アクション面での進歩も大きい。攻撃が簡単につぶれないというのはいいことだ。おかげでヴァンペルシーみたいにうまい FW は本当に止められないのだが、ああいう敵は丁寧に丁寧にシュートコースを切って耐えていくしかない。

トラップから反転の動きが半自動化されており、変な方向にレバーを入れなければ澱みなくボールを落ち着け前を向き攻撃に繋げられる。先のロストボールの再コントロールもそうだが、こうしたプレイヤーがやりたいことを簡単操作でやらせてくれるアシストが増えている。これは「反復練習で体が勝手に動いており、その間周りを見渡し次のアクションを考える」というプレイ感覚となっておりよろしい。これはつまり使っている選手の技術の高さがそのままプレイヤーが使える技術の高さになるわけだ。

DF の AI も強化されており、俺のミスでぶっちぎられても別 DF がカバーしてくれることが頻繁に起きる。この AI 行動のうまさにもプレイヤーの能力値が関わっているらしく、いい選手は自動カバーも自動タックルもうまいので、おお頼もしき奴よと好感度がアップする。ここは Football Manager 的に進化している。お金を使って攻守ともいい選手を取ろうという気になるのである。

タックルで双方動きが止まった後、フィジカルの強い選手は動き出しが早いので有利というのもいい。全速ドリブル時は方向キーが効きにくいこと、向きを変えようとしても常に慣性があること、シュートボタンを押しても歩幅が合う瞬間まで実際は蹴れないことなど、FIFA 独特の操作性はアクションゲーマーから見たら「思い通りに動かない」フラストレーションにつながるだろうと思うが、サッカー好きとしてはよくできてるなあと思うのである。こうしたさまざまな選手の AI と動きの進化のおかげで、エキサイティングなシーンが前よりも大幅に増えている。

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欠点》半自動でダメなのは、触ればオフサイドというボールでも全速オートで追いかけてしまい止められないこと。全速で追いかけるに決まってるからオート追いかけでいいけど、キャンセルは必要だ。それと普通入らんだろうというロングシュートや遠目の FK がすこっと入り、逆に1対1の簡単なシュートが枠を外れることが多いのが×。シュートや FK も、ドカンとしか蹴れないのも×。

そして UI はもうどこからどこまでも×。FIFA 98 より悪くなっている。一番痛いのはリーグをやっている最中に新フォーメーションを作れないことで、ブラジル風 4222 を試したいのだができずにいる。というわけでサッカーの試合自体は面白く、それ以外は全部クソといっても過言ではないが、やっぱりクソはまってしまう 10 年ぶりの指動かすサッカーゲームであります。

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■12/03/09(金) □ サッカーゲームのパスについて考える
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「Advancedモード」カーソルでポイントしてパス。

このゲームにはコナミ「ウィニングイレブン Wii」の Wii リモートカーソルによるパスコース指示をパクった操作モード「Advanced」があるので、ある程度うまくなってから真剣に試してみた。微妙なコースに長さをコントロールして送れるという自由度だけはなるほどと思う。上の画像でそのままパスを送れば FW が 2 枚の DF に詰まりボールを奪われるが、右下のサイドバックと左 CB 間のスペースにボールを送れば FW がクイっと反転してスペースでボールを受け、突破できる可能性が生まれる。パスと FW の走る方向を同時に操作できるのだ。決まればこれはたしかに気持ちいい。

しかしカーソルを画面内に保っていなければ、つまりコントローラを試合時間中常時正確に TV 画面に向けていなければパス方向を決められないというのは問題あり過ぎで、プレイヤーの位置やボール位置に加え、カーソル位置=Wii リモートとセンサーの相対角度にも神経を注がなければならない。そんなことが試合中にできるかよと思う。実際やってみると俺には不可能で、試合中にカーソルが画面からはずれまくり、そのたびにエラーマークが表示される。フィールドにエラーマークが出るというのがこのシステムの非サッカーっぷりを象徴している。DS のペン操作だったらこのシステムは完璧に働いただろうけど。


スマートパス
AI が操作する FW がスペースに走りこみボールをくれと要求し(手を上げることもある)、AI の MF の目がそれを見つけパス矢印が出る。そこから先が人間の仕事。

サッカーをやるときに、あそこにパスを出したいといって指さしなどしてるヒマはなく、コースがあると思った瞬間に体が反応するのが自然なわけで、そのナチュラルなスピード感を実現してるのが FIFA 旧来の「スマートパス」というやつである(このゲームで俺が使う All-In モード)。パスコースは AI の選手たちが自力で作り、いくつもある選択肢からプレイヤーが、いつどこへ送るかを判断することになる。

この「スマートパス」が通るかどうかは、タイミング、距離、パサー・レシーバー・マーカーの位置と能力で動的に決まる。たとえば上図でボールを持つ MF スコールズは相手 MF がプレスしてきて苦しくなり、ついつい自分の進行方向前方にいる右 FW テベスに出してしまいたくなる。これは角度的に DF に引っかからず問題なく通るが、テベスをマークする DF に反応され詰められ、シュートまで行ける可能性は低い。左前方から DF 前を横走りする左 FW ロナウド(※)にパスを送れば間違いなく華麗なトラップで加速し 2 枚の DF の間を突破できるが、そのパスは角度的にスコールズをマークしている MF に引っかかってしまう。

そこでスコールズは右前方に全速ドリブルして自分のマーカーをひき剥がし、ここぞというタイミングで上にレバーを入れロナウドにボールを送らねばならない。そう瞬時に判断し正確に実行できないところがサッカーの難しさで、コントローラ操作も難しいし、スコールズも無理な反転キックになるのでパスが狙ったところへ飛ぶかはやってみないとわからない(パスの上矢印がここぞというときに出ないこともある)。しかしそれこそが頭と指のスポーツであるサッカーゲームの面白さなのだよな。

(※)FIFA 09 がえらいのはプレイヤーがカーソルで指示してやらなくてもこの AI ロナウドがちゃんとスペースを感じて走ってることで(上の絵でわかる)、ここが昔より大幅に進歩している。AI への指示としてプレイヤーには1つだけ、「みな上がれ!」ボタンが与えられている。これが非常に効くのだが、Wii の - ボタンという超使いにくいボタンなのがまた馬鹿洋ゲーならでの難。間違ってポーズを押しまくってしまう。
「スマートパス」式はこういう駆け引きをやっている間、選手のパス能力がそのままプレイヤーのパス能力になるわけだが、カーソル式は逆にプレイヤーのカーソルポイント能力が選手のパス能力になってしまう。カーソルをポイントするプレイヤーが下手ならば、どんなにすごいパサーを擁していてもパスは通らないのだ。それは選手の能力をシミュレートして楽しむゲームとしておかしい。そして Wii カーソルのポイント精度がプロサッカー選手のパス能力より高いはずがなく、どうしたってパス精度はスマートパスより若干落ち、(パス1本ごとにカーソル移動が必要なので)パス回しのスピードは大幅に落ちてしまうのである。

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今のコナミ「ウィニングイレブン」がどうなってるのか知らないが、Playstation 時代のウィイレのパスは、決められたコースを自動的に通る TV ゲーム感があり、しっくりこなかった。「スルーパスボタン」「1-2 ボタン」なんてのはその最たるもので、ボタンを押すと FW が前に走りオートでスルーパスが出たり、オートで 1-2 が成功するよう選手が配置されるようプログラムされてるんだからまさに TV ゲームの必殺ワザで、こんなのはまったくサッカーではないと思ったものだ。

Wii ウィイレが発明したこのカーソルシステムはさすがにそんな児戯レベルのものではないが、攻撃アクションのすべてを操作プレイヤーがコントロールしたいという発想は似ている。プレイヤーができる指示が多ければ多いほどよいという考え方のサッカーゲームでは、指の動きにキレがあり複雑な操作が瞬時に正確にできるヒト(つまり子供や CPU)に、そうでないヒト(ボンクラな大人)は勝てない。実際緻密でミスのない操作をする CPU に俺は指ドリブル勝負では攻守とも勝てないのだが、アイデアと判断力のパスワークでなら勝つことができる。そこが俺が思う、パスゲームであるサッカーの面白さなのだ。

操作は簡単であればあるだけいい。FIFA 09 の All-In モードは簡単すぎて必要な機能すら欠いておりいただけないのだが(ロブやクロスボタンすらない)、いかに点を取るかに素晴らしく没頭できるデキになっている。

2012/03/09

日記「尾野糸子最終回」

「うるわしのハイラル平原」「洋ゲーの天才的バカさ」「魔法の光が抜けた岸和田」

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■12/03/02(金) □ 尾野糸子最終回
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【カーネーション・尾野糸子最終回】いやーオールスターで。オールスターフルキャストで。宝物のような新旧スター勢ぞろいで。人が死んでもなくなる宝はない、「ヘタレはヘタレで泣いとれ」と糸子は笑い。そしてなくなる宝なんてないんだよ本当にと、映像が魔法を見せてくれました。なんて、なんて、なんてすばらしい。

優子の全国展開構想を「おもろない」と感じ、自分の東京行き話にかすかに気持ちが揺れ、モードの嵐に吹かれ「自分の服もいっときの希望に過ぎなかったのか」と自嘲し八重子さんに(かつてオバちゃんにそうされたように)どやしつけられ―――という昨日の流れから、そうか最後は「何がほしいんや」「ほしいものは1つだけ」の答えを出して終わるんだなと俺は心をあらかじめ震わせながら尾野最終回を待った。それが糸子の最後の言葉になるんだろう、「タラや。タラへ帰るんや、だんじりに」的な大見得があって終わるんだろうとイメージして。


それがぜんぜん違った。1人で岸和田に残ってもなくすものばかりでしんどいぞ、と震える声に恋心を載せて諭す北村に、薄く笑いながら糸子は答える。

「ヘタレが」
「はぁ?」
「そんなもん分からへんやろ」
「なにがじゃ」
「そもそもな、なくすなくすって何をなくす?うちはなくさへん。相手が死んだだけで、何もなくさへん」
「はあ?」
「決めたもん勝ちや」
「何言うてんや」
「ヘタレはヘタレで泣いとれ。うちは宝抱えて生きてくよって」


これが尾野糸子の最後の言葉だと途中から気がついて、ああまただ、また予想を裏切られたよと喜びが体をしゅわっと抜けていく。だよな。ここで「だんじりだ」と予定調和的に感動的長セリフを言われていたら、俺は少しがっかりしていたよな。だけどそうはいかないんだよ糸子は。もっと単純なんだ。だからこんなにも彼女に胸をさらわれてきたんだよ。彼女の生き方が美しいとか素晴らしいとかいうよりも、ロッカーみたいにカッコイイ糸子を俺は好きで、いつまでも見ていたかったのだ。

野生のカンで突き進み、人生の喜びも悲しみも味わい尽くした糸子は、「そんなもん分からへんやろ」と笑いながらひとまず退場していく。糸子の最後の言葉を聞きながら俺の気持ちは思い出のシーンの数々を高速で通り抜け、糸子少女時代方向へとキューっと引っ張られていった。静子、奈津、安岡のおばちゃん、お母ちゃん、泰造兄ちゃん、子供糸子、娘糸子、勘助、お父ちゃん、八重子さん、そしてハルばあちゃん。みんなほんとに宝物のようでしたよ。

そうやって走馬灯的に胸がうるうるしてるところに、あの魔法のシーンが。あれはもう。ほんともう。まいりました。夕食後妻子がリビングの TV で楽しくコメディを見ている裏側で、顔を隠し声を殺しながら俺は何度「カーネーション」に泣かされたことだろうか。サヨナラ、尾野真千子の糸子。

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■12/03/03(土) □ うるわしのハイラル平原
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【ゼルダ・トワイライトプリンセス】最初のダンジョン大ボスと対決。で、でかい。どうやって戦えばいいのだと様子見をし(このゼルダはとりあえず間合いを取れば対策を考える時間を稼げるので助かる)、あそうかと気づいて何度もトライし、無事倒す。―――やっ・た。このボスの部屋がなかなかトロピカルで気持ちよく、しばらく水に泳ぎながら景色を味わい帰郷。


うるわしのハイラル平原
そしてゲーム上名高いハイラル平原に出る。おお、美しい。序盤の村の森も敵を倒して光が戻ってからは見違えるようにいい感じの森になったけれど、やはり開けて遠くが見渡せる場所は文句なく気持ちがいい。リアルでもそうだしバーチャルでも同じこと。遥か彼方にオロカなザコ敵がいるのが見える。城のようなものも遠景にあり、いずれあそこに行くのか俺はと旅情も味わえる。空はトワイライトと青空に不気味に分かれている。歩いていると夜になり、美しい月まで出た。こういうものを見たかった。こういう絵を見せてくれると、Wii を買ってよかったなと思う。PS3/Xbox 的な写真的細密さはもちろんないが、絵として心地よければ文句ないのだ。

こういう見通しがよく広い場所では Wii コントローラで戦うのも実に爽快。遠くからこっちにかけてくるザコ敵をすれ違いざまにズバッと切り、振り向いてトドメを刺す。相手の体勢が見えるので冷静にスポーツ的に斬れる。サイコー。

このハイラル平原の素晴らしさを萌とやっぱりシェアしたくなるな。萌はまだ洞窟の中盤にいる。謎解き(というか、どの部屋に先に行き鍵を取って………という段取りづけ)は当然萌より俺のほうが早いので、ペースを合わせないと俺だけどんどん先に進んでしまい、感動をシェアできなくなってしまう。少しペースを落とそう。

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■12/03/04(日) □ 洋ゲーの天才的バカさ
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というわけで、ゼルダのペースを落とすために中古サッカーゲームを買ってきました。2008 年時点で「コナミ・ウィイレを抜いて Wii 上で最高のサッカーゲーム」と英語記事に書かれていた『FIFA 09』。Wii リモートのカーソルでパスコースを指して送るというコナミのコントロールをパクったやつである。

しかしこのリモートカーソル式プレイは全然コントロールできない。パスが全然思うところに飛んで行かない。画面上に常時カーソルを保持し、狙ったところに瞬時に手元の角度で数ミリ動かさないと思い通りのパスにはならないわけで、そんなことできるわけないじゃんという感じ。事前に記事を読んで、Wii メニューのボタンを押すのですらめんどくさくてイライラするあのリモートカーソルでサッカーなんかプレイできるのかなと半信半疑だったのだが、やっぱ俺には無理だった。

しかしパスにリモートカーソルを使わない All-In モード(味方がいる方向が複数自動的に検出され、プレイヤーはそのうちどこにどのタイミングで出すかを判断しゲームを進める)だと昔の FIFA 98 とほぼ同じ感覚でプレイできる。慣性が前より大きいのと Wii ヌンチャクのストロークの大きさ(※)で FIFA 98 よりドリブル&パスコースがコントロールしにくいが、慣れるとまあまあな感じ。
(※)Playstation よりストロークが大きくステップ数が少ないような感じで、中間的な微妙な操作がしにくい。ゼルダでは全体をじわっと気持ちよく見渡せないし、サッカーでは中速ドリブルがしにくいのがつらい。


で本編サッカーの方はけっこう難しいが、【8対8の Mii サッカーがすごくいい】。選手の技やアクションが大げさでかっこよく、すごいシュートがズバズバ入る。選手全員がオリジナル Mii にはならないのは残念だが、萌やカオナシがなめらかなモーションキャプチャで美しい技を連発するのを見てるだけで相当にうれし気持ちいいし、リモコンを振ってシュートの爽快感がすごい。Wii リゾートのバスケよりこっちのほうがずっと面白い。Wii スポーツのテニスにプレイ感が似てるので、これなら萌が俺に勝てるだろう。

と萌にやらせてみると、サッカーはドリブルしてコースを突きパスコースを見つけて出しと常時複数の判断を高速にしなきゃならないので、スポーツ音痴の萌はうまくプレイできず面白さを感じないようである。Wii テニスやバスケがうまいのはタイミングだけで勝負できるからだな。つまり任天堂のスポーツゲームは、運動が苦手な子供にも楽しめるよう、スポーツの楽しさをどこまでも単純に抽出してるわけである。えらい。

というわけで俺はサッカーをやりこんで、親指ヒリヒリ。FIFA 98 をやりまくった 2000 年頃以来の、なつかしいヒリヒリであります。

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しかし EA の FIFA サッカーは 98/99 をやり込み、ボールや選手が動くスポーツ感がコナミよりずっと好みなのだが、相変わらずそれ以外が馬鹿である。どれくらい馬鹿か挙げていくと枚挙にいとまがないが、たとえばメインのチームを育てるマネージャーモードでは戦術がいじれない。できるのはフォーメーション選択と選手交代だけである。このモードは俺がやりまくったサッカー監督ゲーム・Championship Manager/Football Manager のパクリなのだが、CM/FM は試合ごとにトライ&エラーでフォーメーションと動きをファインチューンするのが一番面白いわけで、それができなければ監督をやる意味がないではないか。

選手交代等のコマンド体系も最低もいいところで、ゆれゆら揺れる Wii コントローラの安定しないカーソルとA①②ボタンを全部使うクソ仕様になっているため、先発メンバー入れ替えだけで数分かかり指が吊る。話にならん。サッカーゲーム史上最も選手交代がめんどくさいゲームだろう、これは。

こういう「こんなんじゃダメに決まってるだろう」がいくつも当たり前にある洋ゲーのバカさは、FIFA 98 も Football Manager も 10 年経っても変わらない。これはもう、英米カナダ人は不便に対する耐性が高すぎるとしか解釈のしようがないではないか。いくらなんでもこのバカさに気づかないわけはないのだが、それを直そうとまでは思わないところが想像を絶している。実際カナダで暮らしてると、なにごとにつけそう感じるのである。米カ電気製品を買って普通に満足したことは、過去 20 年間皆無である。

ともあれ FIFA 09、サッカー自体は大好きだった FIFA 98 よりも当然進化している。コントロールに慣れ選手を思い通りに動かせるようになれば、燃えるのは間違いない。

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■12/03/05(月) □ 魔法の光が抜けた岸和田
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【カーネーション】夏木糸子の初回。魔法の光が抜けてしまったような現代岸和田の白っぽい風景、3姉妹以外誰も知った顔がない小原家、北村まで早死にしてるし、やっぱり夢は覚めてしまったなという感じ。夢の岸和田パックのフタを開いて、しゅーっと外気が入ってしまった感じ。

現代の岸和田ってこんなに味気ないのかと思い、いやあの大正昭和の岸和田のほうが、カーネーションスタッフ全員が創り上げた、糸子のイメージで柔らかく輝く夢の岸和田だったんだよなとすぐに気がついた。現代岸和田も、たとえば「家族に乾杯」のカメラで写せば活気と買い食い感が溢れ出た魅力ありまくる町に決まっているわけで、現代の町を見て「白い」と感じた俺の目は、柔らかな光に満たされた糸子の夢の岸和田に長くスポイル(贅沢させ)されられてきたからこそ、いま甚だしい落差を感じてるんだろう。「町は変わったけどだんじりは変わりません」という夏木糸子の言葉がただのアリバイに聞こえて、そういうのを初回から言わないほうがいいなと思った。

初回で夏木マリがいいも悪いもないけれど、必要以上に老い感を込めた夏木さんのごく普通の関西弁と、妙に遅く歯切れの悪いナレーション(年寄りといってもうちの母さんもBRも別に喋るのが遅くはない)には、糸子の魅力も湯婆婆の魅力もない。方言指導じゃ再現できないものがある。

まあこれは俺たちが熱狂してきた「カーネーション」とはやはり別物で、主人公の設定だけ同一の別の制作物だな。先週すでに完璧に終わってくれているので、「せっかくのカーネーションが......」みたいなガッカリ感は全然ないのだが、これから語るに値する物語がもう一度語られるにせよ今やらなくてもいいだろうとは思う。20 年くらい置いてから尾野さんで「カーネーション2」を作るのが一番よかっただろう。

いやそれよりもあと ひと月分を使い、尾野糸子最終回までを丁寧に描いてくれたほうがやっぱりよかったかな。振り返れば戦後はすべてのエピソードが、続きがあるのかと思えばどんどん次へとスキップされてきた物語だった。それで十分によかったのは事実だが、細部や続きが見れたらもっとうれしかっただろうシーンも、やっぱりいくつもあるのである。

2012/03/02

日記「宮崎駿っぽいゼルダ」

「ゼルダ・本領発揮の大寺院」「ゼルダ・攻略ページのジレンマ」

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■12/02/26(日) □ 宮崎駿っぽいゼルダ
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【ゼルダ・トワイライトプリンセス】。序章(たぶん)が終わった。ゲームの流れと謎解決は楽しいが、操作へのフラストレーションはピークに達している。ある時点で狼になるのだが、四足状態だともともと悪い視界がさらに上方向に狭くなり、萌なんか上方が見たくて顎を突き上げ下目使いで画面を見てずっとプレイしている。そんなことをしても意味ないのだが、わかっていても身体がコントロールできないほど、見たいところが見えないというストレス強度は強い。こんなものを長時間やっていたら頭が痛くなりそうで心配である。任天堂にはこういう子供の姿を見て反省してもらいたいと思う。そもそも子供にテストプレイさせたりはしないのかな? 狼での狭い所での格闘も大変で、操作系のフラストレーションで中断しては、またやりたくなり再開する日曜日。怒りながらハマってはいるんだよな。


夜は美しいトアル村
しかし序盤の村と城のビジュアルを見て、Wii の性能的に PS3/Xbox ほどの精細感が出ないならいっそ DS ゼルダやスーパーマリオ/Wii リゾートみたいなポップな世界にしてほしいと思ってたのだが、夜のトアル村を見てこのゲームで初めておおきれいだなと思った。やっぱり色使いによっては、Wii の性能でも十分にプレイヤーの目を喜ばせるだけのものはある。狼だから遠吠えができると萌が発見し、夜の村で吠えまくるシーンは美しかった。今後は素晴らしい景色も見れそうである。

操作性、視界に加えもう1点の不満は、《ネタバレ》あの正体不明くん(ミドナ)である。彼(彼女?)はキャラはいいしヒントをくれるのもいいのだが、進行上行けるところは彼が全部知っており、彼が手招きしたらそこへワープジャンプできるというのはゲームとして興ざめだ。アドベンチャーは自力で道を見つけコントロールして抜けていくから喜びがあるわけで、あれでは任天堂が決めた通りにプレイヤーがボタンを押してるだけではないか。物理を無視したあんなことが可能なら、ミドナは牢から城へ、村から寺へとずっと連続ショートカットだってできない理由はないわけで、リンクがあちこち巡っていく理由、つまり冒険する意味がなくなってしまう。こういうのをご都合主義という。

ともあれ。ストーリーはいい。闇の世界から光を取り戻せと命じた森の神様は「もののけ姫」のシシ神様そっくりだったのだが、闇の森を抜けていきながらこの闇の世界自体がもののけ姫とナウシカの腐海のミックスっぽいなと感じた。そして第1章終わりのシシ神様の全体像は、完全にサンダラぼっちであった。おーこれはもののけ姫だ。気持ちいい。スレた大人ゲーマーである俺は、こういう神の如き存在が出てきて喋ってもメッセージを早送りするのが常なのだが(FF なんかまったくそう)、このシシ神様の姿と自分の努力で森に光が取り戻される光景には素直に感動した。日本人に織り込まれた宮崎駿的なものを想起させることも含め、いい絵の持つ力だな。《終わり》

そう、全体に宮崎駿っぽくなってきたぞ、このゲーム。あとで萌がこのシーンに差し掛かったときに「このゲームってもののけ姫」っぽいよねと聞くと、ああそうだねーと同意する。リンク狼は犬神ともののけ姫だし。城のシーンはそういえばカリオストロだったし。いっそリンクもアシタカ的風貌だったらよかったのにね。宮崎駿はゲームを作らないのだから、任天堂が代わりに宮崎駿っぽいゲームを作ってくれるなら、それはとてもうれしいことなのである。

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■12/02/28(火) □ ゼルダ・本領発揮の大寺院
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【ゼルダ】トゥームレイダースのような寺院に来た。広大でさまざまな仕掛けが施してあり楽しい。内部にある風の谷の景色がなかなか壮大で、風景デザイン的にもやっと T.R. を超えてきたなとうれしくなる。風に吹かれる帽子、空を飛ぶこうもりに目をやるリンクの視線、池の水面の質感、水中に置かれたカメラ等々凝った描写がどんどん出てきて目を喜ばせる。ようやく任天堂フラッグシップ・アドベンチャーの本領発揮という感じ。敵も相変わらず弱くてちょうどいい。普通のアクション RPG の調子で敵が強くなったらこのゲームのコントロール性ではとても戦えないから、最後までこれくらいで行けることを希望する。

萌もここで進行が俺に追いついたので、2人で一緒に謎を解く。あまり進行度合いに違いをつけず、こうして一緒にコツコツ最後まで進んでいけたら楽しいだろう。

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■12/02/29(水) □ ゼルダ・攻略ページのジレンマ
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【ゼルダ】寺院の中でいま、《ネタバレ》猿を集めている(笑)。もう4匹もいる。こいつらに導かれ進んでいき、おそらく協力して敵を倒すんだろう。《終わり》これはワクワクする展開である。この据え置き版ゼルダって妙に真面目なゲームなのだが、「どうぶつの森」「ともだちコレクション」「リズム天国」で見せたナンセンスな面白さもやっぱり任天堂らしさなのであって、この部分はそこに通じるおバカテーストがある。こういうシリアス大作にもあのおバカセンスをどんどんつぎ込んでほしい。



ダンジョン内でブーメランが手に入り、これまで行けなかった場所に行け、取れなかったものがどんどん取れる。気持ちイー! これがゼルダだなという納得の爽快感。最高。

これで取れた宝箱の中に、洞窟内の未ゲットの宝箱を示すツールがあったのは本当に助かった。この広大なダンジョンには宝箱や宝石が無数にあるわけで、プレイヤーとしては当然全部取りたいがすべての怪しい場所をチェックしていてはキリがない。攻略ページを見れば取るべきものはわかるが、同時に謎解きの答えも目に入ってしまう。ああした攻略ページというものはすごく助かるが、プレイヤーが知りたい情報と知りたくない情報を書き分けてまではくれないので、ちょっとでも見たらその場所にあるおいしいトリックを解く喜びはなくなってしまうのよね。知りたいのはその場所でなすべきことを俺は済ませたのかどうか(or 今は保留してあとから来るべきなのか)だけで、その他はみんな自分で解きたいんだよな。

攻略ページは見たくないし、取り逃がしは嫌だしと困惑しつつ冒険していたのだが、このツールがあればこの部屋は仕事全済みと確認して次に進むことができる。探索時間が大幅に短縮できる。そしてもうよほど詰まった時を除き、攻略ページを見ずに済みそうである。

しかしそうして苦労して開けた宝箱のほとんどがお金なのだがゲンナリだな。持ち金に上限があって開けても取れないことが多発するし、だいたい金があっても店に買うものなど売ってないのがゼルダではないか(これも任天堂ゼルダ節だ)。何のために金を集めるのかわからない。オイルや薬草を買いためたくてもその容器(ボトル)が足りない。宝を見つけたらその努力に見合うツールを与えてほしい。勇者を強くするゲームじゃないので武器や装身具を宝にできないのはわかるが、ランタンオイルやボトルのような、すぐに使える実用品を置いておいてほしいものである。ともあれ、旅は追い風に乗ってきました。