ノーザンホースパークの思い出 ('91夏)

Newsgroups: fj.rec.sports.keiba
From: サカタ@カナダ
Subject: Re: Legacy World
Date: Thu, 14 Dec 1995 22:10:09 GMT

>>> レガシーワールドは引退だそうです。
>>> でも、去勢馬じゃ、引退後はどうなるのでしょうか?
>
>  日本だと「乗馬」でしょうか…。あの性悪馬で勤まるのかしら?
> もっとも、かつてのヌアージターフが立派に乗馬として働けた、と
> いう話もあるから、大丈夫なのかも。

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 レガシーは社台のノーザンホースパークで乗馬をするのだという噂を聞きました。NHPには僕も何度か行ったことがあるのですが、素晴らしいところですから、あそこで乗馬をするのならレガシーもしあわせですね。たしかにあの気性ですから乗馬としては心配は残りますが (笑)。

 数年前の夏僕は、父親と友人と3人で北海道の牧場めぐりを楽しみその帰りがけにNHPへ寄ったのですが、そのときの思い出話を。長いですが。

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NHPを訪問するにあたって、僕の父は一頭の馬を目当てにしていました。彼の好きだったダイナサプライズ (準オープンクラスくらいにいたらしい) という馬が競馬から引退して、ちょうどNHPで乗馬になったばかりだったのです。そのことを聞いていた乗馬歴 50 年、生まれながらに馬好きの父は、ぜひ彼に乗ってみたいと考えていたのでした。それが可能なのかどうかは分からなかったのですが、ともかく乗馬コーナーへ行って申し込んでみようということになりました。

 サプライズに乗りたい旨を告げるとNHPのスタッフは、「彼はまだ競走上がりで馴致の段階ですから、お客様に乗っていただくわけにはいきません。お客様にはもうすこしおとなしい馬を......」、とおっしゃいます。父は、自分は乗馬には慣れている、経験を積んでいると言うのですが、スタッフは困った様子。そこへ、「どうしたんだ」と後ろから声がかかりました。

 振り向いてみるとそこに立っていたのは、乗馬用の軽装に身を包んだ吉田勝己氏。社台の馬が勝つたびにウィナーズサークルに立つ、あの社台の三男のお方です。げげ、と絶句していると、スタッフが「こちらの方がですね......」と事情を説明してくれました。すると、「いいじゃないか、ご本人がサプライズを好きだったと言われるのなら、乗っていただけば」と勝己氏の鶴の一声。たちまち OK となってしまったのです。

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きれいな屋内馬場へ父と僕たちは通され、スタッフと勝己氏が見守る中、サプライズが引き出されてきました。なるほど立派なサラブレッド。大丈夫なのか父親@サカタ、馬のプロ中のプロが見てるんだぞ。それにもうトシなんだし。見ている僕たちの方がプレッシャーを感じてしまいました。

 父もやや固い表情でサプライズにまたがり、人馬は並足でゆっくりと歩きはじめました。しばらくぐるぐる歩いたあと、軽く気合いを入れて早足に切り替え。スッスッスッ。そしてキャンター、ダカッダカッ。───おお、素直にいうことを聞いていいじゃないか。競走上がりといっても、そんなに心配するほどじゃないんだな。むしろ妙におとなしそう......と見ていると、いくらもしないうちに父と馬は僕のところへ戻って来てしまいました。

「どう、最高?」と声をかけると、父は少し眉をひそめて言いました。

「馬が、ひねてるな」
「?」
「ぜんぜんやる気がない。たぶん、競馬が終わってすぐここへ来て、環境が激変したせいだろうな。それと、こういうクラブでは専属の調教助手がいる競馬の厩舎にいるのと違って、いろんな技量のクラブ員がとっかえひっかえ乗るから、馬は (鞍上の) 誰のくせを信じて従えばいいのか分からずまごついて、いつでも適当に様子を見てやるくせをつけたのかもしれん」

......なるほど。父は憧れていた馬の乗り味が思っていたのとずいぶん違っていたため、やや気落ちした様子でした。「でもまあせっかくだからさ、時間まで乗ってみなよ」。僕がそうすすめると父はそうだなと答え、「鞭を取ってくれ」と言いました。

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国体障害飛越選手時代のサカタ父
勝手にそこまでしていいのかなと思いながら、ベンチに置いてあった鞭を手渡します。社台の皆さんは遠くから静観。父が鞭を持つと、サプライズの顔色が変わりました。父が合図を送ると、さきほどまでと見違えるような緊張した顔で動きはじめました。ご存じのように、馬は実際には全く叩かれなくても、騎手が鞭を持つことによって真剣さを感じ取るのです。

 そこから父は一気にテンションを上げ、サプライズが指示と違うことをするたびに鋭い声で叱りつけました。違う! ほら、右手前だ! 勝己氏とスタッフは父の腕前と経験がどの程度かを理解した様子で、楽しそうに微笑み見つめています。父とサプライズは汗をかきながら、小さな置き障害を黙々と何度も越え、父は自分のイメージのステップとタイミングを根気よく馬に教えます。よし、いや違う、そうだ。すこしずつサプライズも理解をしはじめ、両者の息が合ってきます。そしてついにサプライズは父の思った通りに、きれいに障害を跳んでみせました。父が大声を出します、「よーし!」。───やった (^_^)。

 そうして何度も同じイメージで跳べるようになったところで時間がき、今度は満足の表情を浮かべながら父とサプライズは戻って来ました。父は愛馬から降り、首を抱いて誉めてやります。ありがとう、楽しかったぞ、やっぱりお前はいい馬だった。──なんだか感動した僕もサプライズに声をかけ、友人と三人でぺたぺたと首を叩き、よくやったとほめちぎり。サプライズも、練習前の無気力な表情は消えうせて、誇り高いスポーツ選手の顔になっていました。それはきっと、競走馬時代にウィナーズサークルで見せていたのと同じ表情だったのでしょう。

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 馬から降りた父に勝己氏とスタッフが、楽しんでいただけたようですね、と声をかけました。礼を言う父に、「乗馬としてはまだまだこれからの馬ですからね」と言いつつ、彼らはニコニコと微笑みを返してくれました。競走馬としての現役を知る人間に乗ってもらうということは、馬をあずかる彼らにとっても誇らしいことなのだろうと、その顔を見て僕は思いました。父ももちろん、本当にうれしそうでした。

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 でようやくレガシーの話に戻るのですが (遠回りですいません ^_^;)、このようにNHPでは、サラブレッドと人との幸福な再会が実現されているわけです。いまレガシー引退に落ち込んでいる皆さんも、いつか北海道へレガシーに会いに行くことを、そして種牡馬になる馬と違って、レガシーには乗せてもらうことも不可能ではないことを考えてみると、元気が出るかもしれません。ターフの上であばれまくって返し馬もできなかったあのレガシーの背中に乗って、彼と対話しながら一緒に走ることができるかもしれないと想像してみると、楽しいですよね。

 あのレガシーがきちんと落ち着いた乗馬になる可能性を考慮すると「うーん」と案じてしまいがちでしょうが (笑)、僕の父が見せたように馬術の馴致には馬術なりの厳しさと充実感があって、賢い馬ならきっと第2のスポーツ人生の意味を分かってくれると思います。社台は全日本馬術大会をNHPで主催してしまうほど馬術の盛んなところで、素晴らしい選手もたくさんいるそうですから、サプライズもその後すぐに運動選手としてのモーティベーションを取り戻して元気に乗馬をやっているにちがいありませんし、レガシーにもそのときはやってくるでしょう。
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 │サカタ│
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...Tomohisa Sakata (Vancouver, CA)

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