2017/03/17

【クルマ乗り換え日記】さよなら、魔法の黄色いスズキエリオ

2月28日


(10年前、エリオを買って初めての冬も大雪だった。)

この冬珍しい大雪で気候が厳しかったせいもあるのだと思うが、10年乗った愛車スズキ・エリオにガタが来ており、次期候補車を検討しなければならない。クルマは好きなのだが今の車を買ってから市場を見てないので、どんな車があるのかよくわからない。最近の日本車は曲線を使うマツダ以外全部米国向けのパッケージデザインなので失望している。デカいか形がいかついか、その両方なのだ。



昔好きだったスバルはいまやアメ車にしか見えないし、シビックで若い家族にハッチバックのある生活をもたらしてくれたホンダはコンサバなセダンとレゴみたいな形の車しか作らなくなってしまった。ニッサンは昔からどういうデザイン・アイデンティティがあるのかよくわからない(笑)。



公平に見て今はヒュンダイ(←)のほうがホンダよりカッコいいのは認めざるをえない。ヒュンダイはレンタカーで乗って面白くなかったし、韓国製 PC もスマホも洗濯機もデザイン一流中身は二流だったのでほしくはないけれど。デザインが流麗でカナダで人気のヒュンダイだが、マツダ(→)とデザインが酷似している。どちらが先にこのオーガニックなラインを取り入れどちらがパクったかは時期的に微妙で、新たな日韓問題の火種となっている。

3月9日



今日あちこち車屋を見て回ったのだが、日本車ってかわいいなあと思った。なにか愛想とかわいげがある。外観だけじゃなくてインテリアも、フォードはガチムチなコックピット感があり、日本車は日用品ですからどうぞお気軽にというゆるさがある。それだけじゃ次期車を決められないけど。

 カローラを抜き世界で一番売れているという日本車キラー、フォードフォーカスには試乗してみた。乗り味は意外とコツコツ堅い。電動パワステらしくステアがクルクルと軽い。カーブに入ってみると回頭性が高く気持ちいい。ステアを切らなくても荷重移動だけできゅーっと自然に曲がっていける。

ゆるいベンドでは外輪に荷重がガッと乗って舵角が決まるオンザレール感もある。昔レンタカーで乗った初代フォーカスよりもずっとよく曲がる、スポーティな味付けになっている。このシャシーは Mazda が作ったんだよなー(アクセラ用のシャシーをフォードが改造した)。さすがだ。

しかしいま乗ってるコンパクトのスズキエリオより大きな車なのに後席が狭い。日産マーチと同じくらいじゃないかと思う。これは運転席が特上なドライバーズカーなんだろう。エリオを買う10年前もフォーカスと比較検討し後席の広さでエリオにしたわけで、そこは変わってなかった。運転すれば気持ちいいだろうが、前述のガチムチなコックピット感も合わせ家族を乗せて走りたいとはあまり思わないというところ。小さな車体で背が高く室内が開放的なコンパクトカーのほうが、後席に座ったときにこりゃええわとウキウキする。

【今日の車屋店員さん】テストドライブに同乗してくれたフォード店員に一応お値段などを聞いてじゃ考えてみますと帰ろうとすると、今決めてくれたらもっと値段を引くと袖を引く。いやそんな妻にも相談せず決めたらアナタ…と断ると、「妻にノーと言われたらキャンセル」と文書に条件を書き加え、これで頼むとすがりつく。いやいやいや(笑)。

夜「フォーカスに乗ったけどかなりよかった」と奥様に報告すると、「フォードはダメよ日本車にして!」と対米レイシストな本性が露呈して笑った。ばば様も同じことをいう。カナダ消費者はよほど過去にフォード車に懲りているのだろう。

あとから「やっぱフォーカスはやめときます、妻が色を気に入らなくて」と店員にメールすると、どれでも希望の色を言えば用意するといわれた。いやすいません、ノーサンキューで(笑)。

3月10日



今日は憧れのマツダ3(アクセラ)に試乗してきた。一人で好きに走っていいというので、それならばと勝手知ったる狭い峠道へ(写真はイメージです) 。これはすごい。路面がどんな状況でもホイールだけが追従し、ボディに不快な振動や傾きが伝わらない。これがドイツ車も驚く松田のフラットライドや!

マツダ3最新型は俺が過去運転した車で明らかにベストなシャシーで、親戚筋のフォードフォーカスでも及ばないレベルにある。ただ普通に走ってるだけで高いバランスを感じ気持ちがいい。SkyActiv エンジンもモーターのように軽快に吹け上がり、AT も絶妙で燃費もいいらしい。こんないい車を安価で量産できるんだから、売れるわけですわマツダはん。



ところが意外やあまり欲しくならない。普段乗るのは狭い街路を通勤する奥様なので、ちょっとサイズが大きいんだよなー。寸法は今乗ってるスズキコンパクトと大差ないのだが…と写真を眺めていて、ノーズが長いのだと気がついた。運転席から先端までが遠い。これが大きさを感じさせる。運転席が後ろということは後席は若干狭い。

そういえば急坂峠のタイトコーナーを攻めていくにはフロントホイールが遠く、思ったよりインを向かないなという感覚がありあまり攻めていけなかった(まあディーラーの試乗車で攻めてはいけないのだが)。ああいう低速コーナーはショートノーズのエリオのほうがくるりとうまく曲がれる。フォーカスではこういうノーズが遠い感はなかったので、タイトコーナーは Mazda より得意かもしれない。Mazda3 はロングクルーズと高速コーナーでのフラット性が最高なのだろうと思う。でそういう Mazda3 の良さを味わえる道を奥様や俺が走ることなんて、普段そんなにないわけですわ。



それにマツダ3は低くて長く色が渋く内装がクールで、なんか日本車らしからぬカッコ良さがあるところが日本車らしくなくて、それがあまり欲しくならない理由かもしれない(笑)。試乗後自分のスズキに乗ると、ポンコツで若干ブスだが小さく扱いやすくイナタくてかわいいやつめと思うのだ。奥様もそんなスズキが好き。



プリウスの小さな奴、プリウス C も試乗できた。形はめちゃかわいい。ブレーキングで発電する回生ブレーキというのは電車のブレーキみたいな感じでおもしろ気持ち悪い(笑)。ただこれはかなり遅い車だろうし家族が乗るには小さい。うちの皆が好きなイエローだったし、かわいさでは抜けていたな。惜しい。

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今日乗った中では日産ノートがよかった。発進時に CVT の回転と速度のズレを感じたが、走りだしてしまえば普通に滑らかに走れる。デドウィートランクからマリナー急坂往復とかなり長い試乗をさせてくれたのだが、初めての CVT の運転でギクシャクしたりすることはなかった。

 そしてマリナー上りの急坂の強さは 1.6L として驚異的で、2L 4AT のエリオよりも楽々と上がっていく。CVT は北米では評判悪いのだが予想外にいいな。AT はトルクが必要なときにベストな回転に合わないから坂が苦しいのであって、CVT なら常時ベストなギア比で上がっていけるわけである。この CVT で燃費を稼いでいくのは楽しいことだろうし。

 マリナー下りのコーナーはドラマなく通りすぎてしまい、コーナリングが楽しいクルマではないが、シャシーは明らかに今どきのものでバランスがいい。足を固めてない分普段の走りがふわっとして安楽。そして試乗後に見た後席足元の広大さは驚きであった。膝前がエリオの2倍、フォーカスの3倍くらいある。ロングホイールベースを走りの安定感とキャビンの広さに思い切り振っている。これは家族カーとしてインパクトがデカイ。

 ノート試乗の帰路、これは見積もりを出してもらおうと思った。ドライビングポジション(ステアの角度)の悪さと高速コーナーのキレの悪さを除けば、エリオを初めて乗った時より気持ちが高ぶったわけである。

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マツダがすごかったと報告すると、それが好きなら買えばいいじゃないと奥様にいわれる。うーん、なんか BMW とか見ても乗りたくならないし、やっぱり今のスズキみたいなキュートな車がほしいみたいだと答える。彼女も同感で、じゃあ FIAT にしてといわれた。いやあれは4人家族の荷物積んで旅行できんだろ(笑)。

スタイリッシュな Mazda3 より便利なコンパクトカーに気持ちが向かうのは、スポーツバイクとスクーターの違いみたいなものかなと思う。スバルからスズキに乗り換えたときに、もしいま両方あってもリトルスズキに乗るよねと奥様と言ってたのだが、その気軽さがスクーターの高性能なのだというか。

旅先の山岳ハイウェイのコーナーを Mazda3 でトレースしたら気持ちいいだろう。でも小回りの利くコンパクトカーで交差点を毎日くるっと曲がるのもけっこう楽しいのである。ジャパニーズミニカーには愛嬌と、安い実用品を使い尽くすチープなカシオ腕時計的な面白さがある。日産ノートは後席にこんなアームレストがあったりするところが、とてもそれっぽい気がしている。かっこ良かないけど快適そうじゃないですか :-)

3月11日

【今日の車屋店員さん】スズキを売るのにあれこれあって査定証明が必要だというので、近所の車修理屋に行くときちんと調べ書類を作ってくれた。自分のところでお金を使うことはないとわかってるのに快くやってくれたので、篤く礼をいう。「もし将来クラッシュしたら、必ずここへ戻ってくるよ!」

そして中古車を2~3台眺めてから自分のスズキエリオに戻ると、やっぱこいつはいい車だと思う。最近乗ったどれよりもパッケージとしていいところを突いている。小さくて扱いやすくドラポジがよく居室が広い上に、走ればカチッとしてそこそこ気持ちいい。ショック吸収性が低く直進性が悪くてしばらく乗るとどうしても疲れるのだが、それ以外はいい車だったなと帰りに走りながら改めて思う。

スズキをキープしサブ車ポンティアックを売ったほうがよほど幸せ…しかし加齢車スズキを維持する手間と費用を省くために買い換えるのであった。そうだった(嘆息

うちのサブ車ポンティアックは 2003 年製スズキエリオより年式は新しいのだが、設計が 20 年古いのではないかと思う化石車で、危険なほどに使いにくい。安かった以外なんの取り柄もない。もし路上でフロントノーズの被せ物がもげ落ちても驚かないだろうくらい作りが悪い。しかし家族送迎以外使わないサブ車なので距離が行ってなくて、オイル等消耗品交換だけで維持していけるのだ。ここは我慢せなば。我慢。

3月13日

 これまで見てきた車たちのまとめ。

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フォーカス                意外と平地でヒョコヒョコし、後席で俺は酔いそう
                        コーナーは素晴らしい回頭性、高速ベンドではオンザレール
                        後席は狭い
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プリウスC(アクア)        形はめちゃかわいい
                        エコカーだから仕方がないとはいえ、遅い。
                        回生ブレーキというのは電車のブレーキみたいな感じでおもしろ気持ち悪い
                        快適性は特に問題ないが、やはりVitzベースで狭い。
                        アイドリングストップ時だけハイブリッドすごいと思った(笑)
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ノート            CVTに慣れると1.6Lなのに余裕で急坂を登ってくれ良い。
                        内部が驚異的に広い
                        15インチは柔らかく、シャシーは安定性快適性が高い
                        下りコーナーでステアのレスポンスが悪い
                        ドライビングポジションが悪い、おもちゃの車みたいなステア角度
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マツダ3(アクセラ)        最新世代のSkyActivシャシーのバランスはすごい
                        親戚が乗ってるドイツ高級車レベルのフラットライド
                        ショックも殺されていて快適
                        エンジンも軽快に吹け上がり、ATは下りでエンブレまでかけてくれる
                        デカイ。駐車場で気を使う。
                        後席はわりと狭くマイクラ級
                        色が渋すぎる
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マイクラ    (室内チェックのみ)        マーチ。意外や後席はエリオに近いが、荷室はやはり半分。
フォーカス2012(室内)    やはり後席はマイクラより狭い。
三菱コルト(室内)        完全に軽自動車だった
フィエスタ(室内)            運転席は極上、リアシートは話にならない狭さ
フィット09(室内)            運転席○、リアシート膝前はノートより狭い
フィット16(室内)            形がどうにもなじめず
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あれこれ試乗して次期車は日産ノートとおよそ定まった。ノートは気に入ったのであちこちで別の個体やグレードに乗ったが、16インチより15インチのほうがよかった。希望の色とグレードが見つかれば、近々乗り換えることになる。


ノートは今のエリオよりも少し小さなサブコンパクトカーだが、車のシャシーというものには世代というものが色濃くあるようで、Mazda3 やフォーカス同様こんな小型車でもバランスとしっかり感が非常に気持ちいい。ボディは揺るがずホイールがよく動き、コンパクトカー10年の進化をしっかりと感じられる。他のコンパクトより長いホイールベースが安定性と快適さと室内の広さをもたらしている。そして 1.6L ながら十分なパワーがあり初乗りから滑らかに走れ、燃費が素晴らしい。

車内の使い勝手をなるたけ稼いでユーザーに使ってもらおうという日本コンパクトカーのチープカシオ的感覚は、北米カーメディアでは理解されず酷評されることが多い。うちのスズキなんか購入前褒めてる評は見たことがなかった。日産ノートもそんな感じ。遅いとか CVT がキモイとか遅いとか。

こうした日本チプカシ車は北米自動車サイトでは低い評価点がつきがちだが、買ったオーナーはみな満足していい点をつけている。フォーカスやフィエスタなど運転席重視で後席が狭い米車は、逆に米メディアでは(運転して気持ちいいから)絶賛されるが、日本じゃまったく売れない。

北米カーメディアはコンシューマーと評論家の見解がかけ離れているように思う。要は評論家が車エンスージアストすぎて、便利車を好きじゃないのだろう。なので俺は車の評価に関しては、エンスー車も便利車もどちらも良いものだというフラットさがある日本のカーメディアの方を信用している。ノートは日本の車ジャーナリストが一般車を選ぶ RJC カーオブザイヤーに選ばれた、人気の車種なのだそうだ。

Mazda3 とフォードフォーカスという日米のトップ評価カーは試乗していいと思ったし、ヒュンダイ・エラントラ、トヨタ・プレミオ(コロナの後継)、VW ゴルフセダンはレンタカーでじっくり乗り込みそう思わなかった。その上でノートに乗っていいと思ったんだから、ノートの乗り味には何かがある。CVT もその味のうちかもしれない。




魔法の黄色いスズキに乗って奥様が帰ってくるのを台所の窓から見るのが好きだったんだけど、おーそうだよ、次もそんな車になりそうさ。ただノートにも他の車種にもイエローはないのが残念。

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【今日の車屋店員さん】メーカー系のディーラーはどこも中韓顧客対応のために高校出たばかりという感じの若いアジア系店員を揃えていて、俺が行くとやはり彼らが出てくるのだが、あんま仕事のことがわかってない奴も多い。今日はある店で小さなハッチを探してるというと、「遠くへドライブしますか?」と聞かれた。

「ホワット? なぜそんなこと聞くの?」
「いやあの、一日にどれだけ乗りますか?」
「そんなのマチマチで答えられないじゃん(笑)」
「つまりあの、電気自動車はどうですか?」

と、ここでやっとフル充電で200kmだかの日産リーフを勧めてるのだとわかった。お前もっとセールストークうまくなれ(笑)。

3月15日



長年乗ったスズキとの別れが近づき、おととい初めて洗車機に入れてやった。ブジャーと泡に囲まれてうひょーと言ってました私。――でもぜんぜんきれいにならないじゃん! 最後に乗せてあげたばば様も、「みんながこの車を好きだったわよね」という。そうなんですよ、ガタゴトいうのに愛されキャラ。 修学旅行に出た娘は「私が帰ってきたらもうエリオはいないのね」と感傷的になり、出発の朝自分とエリオの写真を撮った。

そして10台ほども試乗した末にようやく次の車が決まり、ついに今日魔法の黄色のスズキとお別れしてきた。次の車は赤いニッサンノート。新旧2台が並んだところを見て、置いて行かれるスズキがかわいそうで胸が痛んだ。世話になったよヨシヨシと、最後に背中を叩いてやる。10年で12万キロも走ってくれたんだよなお前は。じわっとくるものがある。その気持ちが写真に出た。さよならエリオ。





【日産ノート】家までのインプレ

 サレーからニューウエストに渡る2車線の橋は古くて狭く評判悪いのだが、ノートはステアが安定し荒れた路面で振られそうな気配が皆無なので、隣の車が近くてもまったく怖くない。この落ち着きがエリオとの最大の違いだと即座に感じる。ハイウェイは快適で静か。パワーも不足なし。うちの町の入り口のカーブ群で初めて攻め込んで、コーナリングも悪くないことを確認した。いい体勢でコーナーに持ち込めば外輪に乗って曲がる快感はちゃんと出る。しなやかで剛性が高く気持ちいい。直進時のバランスのよさから想像した通りだ。よし。

 町のマーケットで買い物をし、バックアップモニターで縦列駐車にも成功。そしてガスを入れながら、赤もかわいいのうとすでに愛着を感じ始めた。メタリックは入ってないので深みがあって、フィアットや近所のミニの赤と似てなくもない。横や後ろはかっこ良くない車だが、見慣れたので顔は愛嬌があるようにこの頃感じられる。そして顔は青や黒より赤のほうが愛嬌がある。

 CVT は昔の AT のような変速ショックは皆無だが、高速での渋滞時とか交差点で止まる間際とかで、回転と CVT が合わずむわっとモーション(車の慣性)が変動する違和感がやはりたまに出る。CVT の予測と道路状況が合わないという感じ。減速時にギリギリまで切っていたガス噴射を停止直前に再開するなど微妙な制御をやってるので、完全に無駄モーションを止めるのは難しいらしい。しかしそのうち慣れるだろう。慣れるというか、CVT というこの新しい機械に自分が適応して操作が上手になっていくだろうと思い面白い。

 俺は CVT を面白いと思うがこの車を普段使うのは奥様で、彼女は CVT なんて聞いたこともないわけなので、明日初めて乗るわけなのだが「アクセル踏むのと加速がずれる」という感想は避けられないと思う。力ないと思ったら踏むんす! 踏めばいくらでも力でるんす! と力説しといた。

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車屋が BMW の高級スポーツセダンで送迎してくれたのだが、荒れた路面での快適性は俺が買ったノートに劣るし、町中ではあの6気筒をしゅーんと回すチャンスもなくて、もったいなし。カクカクした革の内装はジャーマンといえばそうだが、なんかライターとか置いてある昭和の応接間みたいだと思った。

送迎 BMW 氏に「僕はこういうナイスカーをほしくはないけど、車は好きなんだよ。今回いろいろ試乗して楽しかった。Mazda3 がすごくよかった」と話すと、「俺の娘が乗ってるよ。あれはいいな。君が買う車を俺は通勤に使ったけど、実用的でいい車だよ。長く乗れると思うよ」と言ってくれた。アイホープソー。





翌日起きて外を眺めると見慣れた黄色の車がなくて、朝露の中に新しい赤い車。こいつもなかなかかわいい。これからうちの奥様は「魔法の黄色い靴」ではなく、真っ赤な車でいつもやってくる、そよ風に髪がよく似合う女の子となるわけなのだ。昔は実際ロングヘアでよかった。なぜ切った。

ノートで出勤した奥様が夕方、車内のハンズフリーフォンで電話してきた。「車の中から電話してるのよ! アハハ! もうじき帰るわよ!」。車が車内のスマホと Bluetooth で連携し、Call Home というと音声認識で電話をかけてくれるのだ。俺の発音でも一発認識でした。すばらしい。

CVTの加速感は、まあズレはたまに感じたけど慣れるわよと鷹揚だった。それよりもポジションが決まらず困るとのこと。スズキは腕を伸ばす俺にも畳む奥様にも最適なポジションが出る優秀なシートとステア位置だったのだが、日産はステアが運転手のおでこあたりを向いている。チルトして下げるとメーターが見えにくい。

「それとスピードメーターがアナログだから読み取りにくくて。たまに針を見てはオーバースピードと気づくのよ」



ひと目で間違いなく自速度がわかるスズキエリオのデジタルスピードメーターは、デザインは昔の家電風でイナタかったが俺も好きだった。

発売時はスズキのフラッグシップだったから装備も力が入っていて、ノートよりステレオの音もよかった。内装は金はかかってないがセンスと素材と作りがよく、製造後15年間へたることがなかった。いろいろとなつかしく思い返すよ。さよなら、魔法の黄色いスズキ・エリオ。◆
 



2017/02/26

映画「ウルヴァリン」-You が見たジャパン



昨夜【ウルヴァリン】という日本を舞台にした映画を奥様が見てたので途中からご同伴したのだが、女優さんが魅力的だった。見たことない人で明らかに俳優ではない。調べると TAO さんというモデルだったのだが、大演技をまったくしない物静かなところが日本人らしくて非常にいいわけ。


悪役で真田広之が出てきたので「この人は日本のジャッキーチェンです。すばらしい空手武闘をお約束します」と奥様に説明したのだが、剣と爪の戦いとなってしまい思ってたのと違う(笑)。真田広之にはハリウッド式大演技がつけられてて、日本人らしさはなかったなー。残念。

もともとはコミックなのだそうでコミック的バトルが延々と続くのだが、奥様が「あなたのいう通り、あの空手ガイとのマーシャルアーツがクライマックスだったらよかったわね」という。でしょ? しかしあんな爪に対して、いったい空手が何をできよう(笑)。

TAOさんを調べていたらこの映画のヒロインがかわいくないと文句いってる日本語の感想スレがあって、価値観いろいろだと思った。TAOさんのような身体が薄く長く身のこなしまなざし喋りが優雅な日本女性というのは、ウルヴァリンみたいなヒゲボーボー男には宝物に見えると思う。



外国の写真家や映画家が撮った日本を見ると、はっとする。色使いがナチュラルを超えているんだろう。You が見たジャパン。それを見たくてこの映画を見たのだった。TAO さんも You が見たジャパニーズウーマンなんだろう。◆

2017/02/18

「逃げ恥」、修善寺、オグリキャップ

こちらの日本語 TV でいま、「逃げるは恥だが役に立つ」を毎週やっている。ヒラマサくんとみくりさんは実にかわいらしい。これまで星野源は LIFE おもえもんがベストアクトだと思ってたのだが(笑)、4話でみくりが風見さんとのシェアを請け負ったことで傷つくヒラマサの悲しき平静顔、絶望のベッドへたり込み、そしてみくりさん奇跡の恋愛オファーを受け逆転アタフタ二倍速などで心掴まれました。



今日は第6回温泉社員旅行の巻。このドラマって日本を旅したくなるな。山梨ぶどう狩りのときもそうだったし、揺られていく電車のバックでかかる「そうだ京都へ行こう」の音楽とかもう、胸が痛いほどなつかしい。ついたところも見覚えがありどこかと思ったら、あの橋は修善寺だ。私も昔バイクで行きました。

ヒラマサといる平和を愛すことは、彼を愛すことと一緒。しかしみくりが伸ばす指先から彼は逃げていく。帰りの電車で涙を拭うみくりにもらい泣きしそうになっていると、ヒラマサお前! よし(笑)。みくりの気持ちはわかってないけど、好ましくてたまらない彼女に吸い寄せられる手のひらと唇。



修善寺の裏のだるま山にすばらしいクネクネ道とキャンプ場があって、そこにテントを張って俺と弟はバイクの練習をしていた。美しく速く走ろうと一日中練習して、夕方修善寺に降りて公共浴場でお湯を使わせてもらい、スーパーでレトルト食品などを仕入れてキャンプ場へ戻りつましい夜を過ごす。ストイックなバイク者たちでした。

ある年俺は落ち込むことがあって一人でだるま山キャンプに行き、めそめそクヨクヨと相変わらずバイクの練習をしていた。もう東京になんて戻る気がしないと思っていたが、週末は安田記念だった。オグリキャップが半年ぶりに走る。そうだオグリキャップに会いに行こう。

テントをたたみ府中へ向かい、復帰戦でいきなりコースレコード勝ちというオグリキャップの素晴らしすぎる走りに立ち会って、ボロボロ涙が出ました。すごいよお前すごすぎる。なんてすごいんだオグリキャップ。

オグリキャップというのはこうしてその走りで人を感動させた馬で、先週やってた NHK「プロフェッショナル」のオグリキャップ特集はそこをぜんぜん見せてくれていなかった。血統の差を覆すとか、そんなこと馬が考えてるわけないじゃん。彼はとにかく誰よりも速く走りたかっただけだろう。


彼の最後の有馬記念にも俺はいました。パドックからレース後まで、誰もがオグリ・オグリと声をかけ涙をこぼしていた。レース後やっと涙が止まった俺と相棒のタケちゃんは、いやはや、まさかね、すごいねと呆けたようになりながら、駅に続く長い道をニコニコ顔で歩きました。

NHK「プロフェッショナル」はあの有馬記念の映像をフジテレビから借りて流してくれたのだけが、オグリキャップに胸踊らせた頃を蘇らせてくれた。『オグリ一着! オグリ一着! オグリ一着! オグリ一着!』。スポーツは競技者の姿と見る者の気持ちが交錯してエモーションが爆発する。記憶に残るのは彼の走りと、それを語るアナウンサーの言葉だけなのだ。


オグリキャップが救ったもの

(1990/12/25)

 12月23日、グランプリ。船橋法典の駅に降りたっても僕の胸は少しも浮かなかった。どうしようか。いったいどうしたらいいのか、明日から。いつかそればかりを僕はくりかえし、それ以外のことに気持ちは向かわないのだ。

 寝ても覚めてもうつつにも。どうしてこんなに考えてしまうのか、オグリキャップのことを。新聞は書きたてている、駄目でしょう無理でしょう終わりでしょう。

 いつでもオグリに気持ちを傾けていた、わが愛する〈競馬探偵〉高橋源一郎氏はレース予想で、オグリキャップへのお別れにこんなしるしをつけていた。「ラブ」。--------ああ、僕たちの願いは、この祈りは、いったいどこへ昇っていくのだろう。



 そして・そして・そして。なんということなのでしょうか。



 オグリキャップが救ったものはラブだ。ラブ・ラブ・ラブ。オグリキャップが甦らせたのは善・美・祝福、奇跡を愛する心。祈り・ジャスティス・感謝輝き。情熱勇気に未知不思議、喜び笑いにクリスマス。オグリ・オグリ・オグリキャップ、メシアが再び。

 お前が救いつないだ信じることの喜びこそが、僕たちをここに集まらせている。オグリキャップ、お前が去ったあとからも。お前の奇跡はこの国を照らし続けることでしょう。僕はこの素晴らしいゲームを来年も、再来年も、ずっと、見続けていよう。

 表彰が終わり、全てが終わり、僕はスタンドを振り仰いだ。百億円の豪華スタンドよりも輝ける僕たちのハピネス。そしてどこかにいるはずの競馬探偵氏にむかって僕はラブとつぶやき、おおきく一度手を振った。



 翌朝、新聞に〈競馬探偵〉氏の名を探した。僕はあのとき、あなたのことを考えました。

 『何か大きい声で叫んだような気もします。彼の名前を呼んだのでしょうか。わかりません。

わたしは胸の中の大きな塊を吐き出していました。目の前がぼやけて、足元がぐらついていました。帽子を振ってたら、飛んでいっちゃいました。息が苦しくなりました。

神様、彼に勝たしてやって下さい。お願いです。それぐらい当然です。そうでなくちゃいけない。神様、あんたにはいつもひどい目に会わされてる。でも、いい。許してやる。だから、彼に勝たせろ。ほら、ゴールだ!』


 駅のスタンドで、僕は動けなくなってしまった。
 さようなら、オグリキャップ。

2017/02/10

ファンタジックな友だちの思い出

今朝学校へ送っていく車の中で、娘がピンクフロイドをかけた。



「昔友だちバンドのハチとアライ君が初めて東京から須坂(私の信州実家)に訪ねてきたときにね、道を間違えて町を通りすぎ、えらい遠くまで行っちゃったら しいのよ。で左右は畑の一本道みたいなところをピンクフロイドをグワングワン鳴らしつつ延々と走ってたら、もうそこがどこなのかどこを目指してるのかもだ んだんとわからなくなって、『俺たちはいま永遠の中にいる。永遠の意味がわかった! うおおおお!』って興奮したんだって」

と昔話を聞かせてやると、ムスメ笑ってました。そういえば彼らは永遠が分かる少し前に、道ばたの川で魚も釣って食べてたらしいよ。ファンタジーだよね、笑うよなあ。





今年のバンクーバーは5~6年ぶりの寒波がやってきていて、雪も多いしあちこち凍結して大変であります。雨樋が雨樋がー(笑)。家と車は冷えると痛む。

2017/01/13

【Xbox 360】LA ノワール日記(終)夢と裏切りの園でフェルプスとなる

(特にネタバレはありません)

1月3日



正月二日からフェルプス刑事業務再開。殺人課を終えた俺の新配属先は、ハリウッド管轄区の麻薬捜査課だった。薬物は団体犯罪なので関係者が多く、誰を追っているのかよくわからぬ大味な仕事である。倉庫でクレーンを使うなどパズル的な工夫は増やされているが、なんとなく気乗りしない。

殺人課であんな経験をしてきた直後だもんな。多少気が抜けても無理ないよ俺フェルプス。相棒ロイもいけ好かないし。しかし回想シーンの過去の自分と今の自分の人生が交点に向かっているという、ストーリー上の高まりは強く感じている。


(チャイニーズ・シアターという名所。レッドカーペットがある。)

ハリウッドは前管轄地東 LA よりはヤシが多く西海岸風であるものの、そんなに華やかでもない。意外と夢のカリフォルニア的光景ではないな。

もしかするとビーチボーイズ的「夢のカリフォルニア」は、1947 年にはまだ存在しないのかもしれない。黒人はニグロと呼ばれ白人への敵意をむき出しにし、ユダヤ人への差別が犯罪を呼び、共産主義思想が違法な時代で、大戦で負傷兵の苦痛を抑えるために使用されたモルヒネが麻薬市場に溢れている。戦争直後の LA にはまだ、ファンファンファンな風は吹いてなかったのかもしれない。



第二の事件、「罠」。ボクシング八百長事件と戦時中の思い出が絡んでいく。戦争回想シーンでフェルプスが今と同様カタブツの部隊長だったことが描かれ、その経験がボクシング事件での行動につながる。ドラマが盛り上がってきている。この町のどこかに、今の事件のそのすぐ先に、俺フェルプスが守りたい戦友たちがいる。胸が締め付けられる。

1月5日



軍需物資盗難の捜査線上に、エリート将校だった俺フェルプスを嫌ってるであろう戦友たちが浮かんでくる。お前に話を聞かなきゃならないんだ、ケルソー。お前が事件に関係しているかどうかはまだ分からない。だが俺に疑われるだけで忌々しいという気持ちはよくわかるよ。俺フェルプス刑事は腹の底でそう思っていた。



戦友たちと交わるこの事件のクライマックスで、あろうことか俺は放火課に左遷されてしまった。盛り上がっていたのに。俺に捜査を続けてほしくない者たちが上のどこかにいる。めっちゃやる気を失った。地味な部署に左遷されて失意の刑事をロールプレイさせられている。



俺フェルプス刑事が左遷されたのはこのドイツ人ジャズシンガーのせいらしい。アメリカのドイツ人シンガーってベルベットのニコやん、戦後すぐのアメリカにいるドイツ女性ってなにか特別な存在なのかな、やっぱ彼女も「ファム・ファタール(運命を変える女)」なのかなー! って敏腕刑事はヤケクソに思った。

1月7日

左遷されてから仕事に気乗りしてないフェルプス刑事です。麻薬課最後の事件で追っていた戦友たちの消息が気にかかる。

移動中ぼーっと聞き流していた「カリフォルニアは夢の土地です! 当社はここにあなたの夢の家を提供します!」という空々しいラジオ CM が、いま追っている不審火事件で誰もが怪しいと思う大物ドナルド・トランプ氏(仮名)自ら出演するやつだと気がついた。シーン固定で挿入してあるのではなく、ランダムにかかっている。つまりこの町で彼の会社を知らぬものはいないという自然な演出なのである。

もしかすると気づかなかっただけで、ゲーム開始時からずっとかかっていたのかもしれない。洋ゲーではこういう非説明的な演出に唸らされる。映画ならフェルプスが「ん?」という顔をしてラジオのボリュームを上げる場面だろう。それをフェルプス役サカタ君が脚本も監督指示もないのにやるわけですよ。このロールプレイ感たるやすごいものがある。



移動中に聞くカーラジオは音楽、ニュース、CM、演芸と多彩な内容で実に凝っている。昔東京で聞いていた FEN を思い出す。素晴らしい女性コーラスの曲がかかり、歌詞を検索してアンドリューズシスターズと判明。うちの奥様が「アンドリューズシスターズみたいに歌いたい」と今度姉妹でレッスンを受けるのだが、これか。「――♪キャバレーでビールくらって盛り上がってたら、ピストル持って奥様が飛び込んできたよ。それで逃げてんのさ。そのピストルをしまってくれよママ、しまってくれよ。」――カクイー!

Wiki によれば、アンドリューズシスターズはヨーロッパの連合軍将兵の慰問に活躍したことでも有名であるとある。ここにも戦後直後という時代性がちゃんとこもっている。手抜きがない。



このゲームのオリジナル音楽のよさを書くことを忘れていた。こうした巨大ゲームは総合プロジェクトなので音響も実に練られていて、犯行現場から憂鬱な思いで車を出すときなどは上記のような陽気なラジオは鳴らず、車が道路に滑りだすと同時にこういう音楽がかかる。


LA Noire - New Beginning

事件の犠牲者を思い、フェルプスと相棒が押し黙ってしまう移動車内の心象が見事に反映されている。このゲームをプレイした人は、あの車内の物悲しさを思い出すだろう。これは最初は口論ばかりしていたベテラン刑事ラスティと俺フェルプスが、犯人への憤りという共有感情からある種の友情を育てていく時間の伴奏曲でもあった。

1月8日

不審火の捜査をこなしていると、麻薬課で捜査を中断させられたあの、かつての戦友が絡んだ事件と今の事件がつながってきた。そうか。さすがに左遷され俺フェルプス刑事がただ腐っていくだけじゃクライマックスに辿りつけないもんな。巨悪を暴くカタルシスがあるんだよきっと。希望を捨ててはいかん俺フェルプス。



ケルソー、戦時中俺はお前に嫌われた。見直してもらうことなど望んでいない。だけどケルソー、このままじゃジャスティスはないよな。お前と俺はもう一度、同じ敵を追って戦うのだ。

このゲームはフィルム・ノワールのシニカルな味をよく汲んでいるとマコ先生が評していたけれど、ニコリともしない男たちが投げつけ合う厳しい言葉の中にうっすらと浮かんでくる友情には、たしかに胸を打たれるものがある。いつかお前の硬い頬が俺の前で緩むところを見たいよ、ケルソー。


1月9日

最終二話。麻薬課時代からのすべての事件の全貌が見えた。敵は明確である。今日すべての事件は終わる。ここのところの展開は競馬ミステリーのディック・フランシスのようだ。俺がボコボコにされて痛くて、しかし決して志は曲げないのである。実際ならきっと曲げちゃうがゲーム内では曲げぬ。


敵の大物は、いつか俺が良景を探し車を流した丘に住んでいるとわかった。中を見たくて門をよじ登ろうとし、入れずすごすご帰ったあの邸宅だろう。敵をあと一歩というところまで追い詰めながら、俺は何やってたんだって話です。だが今度は逃さない。



夕日を背にサンセット・ブルバードを敵地に向かう。敵は人数を集め待ち構えているだろう。南に下り左に折れてサンタモニカ・ブルバードをさらに東へ。歌姫シェリル・クロウもこの道をドライブしてた。オールアイワナドゥ・イズ・ハブサムファン。




そしてストーリー終了。

苦く悲しい物語だった。最終章に回想シーンが2つ入り、刑事フェルプスと戦友たちの物語がすべてリンクした。映画を1本きちんと作ってからゲームとして分割したような、壮大壮絶な物語だった。



フェルプス、ケルソー、そして回想シーンで主役だったシェルドンの3人は、俺ゲーム史上ベスト演技賞である。このモデル俳優陣の激似ぶりよ。俳優に演技させそれをキャプチャするというこのシステムで作られたキャラ造形には、たしかに宿るものがある。


(もう一人の戦友シェルドンと、表情の豊かさで俺を驚かせた最初の事件の店員ちゃん)

彼らだけではなく、登場するすべての人に驚くほど強い印象があるのだ。1シーンしか出てこないこんな脇役ちゃんの泣き顔や声を鮮烈に覚えている。こんなことって他のゲームでは経験がない。本当の人の顔ってやっぱり情報量がすごいんだな。

分割したストーリーのすり合わせに齟齬があって、所々つながってない感もあった。あれはどうなったんだというストーリーの粗は多い。推理ものとしては批判されるようなところも多いと思う。しかしこの物悲しいストーリーラインの上で人物たちが話す言葉や見せる表情の全体が泣けるコードとなって、俺の心の琴線はずっと鳴り続けたわけである。

そこはプレイヤーの個人差が大きいところで、このゲームを壮大な失敗作と評する人も多い。それはわかる。このゲームを楽しめるかどうかは、プレイヤーがフェルプスというキャラにどれだけ没入できるかにかかっているだろう。俺は自分がフェルプスになっていくのを心地よく感じ、彼が話してはいないが心のなかで思ってるはずの感情を日々代理ツイートした。彼のダメなところを自分が情けなく思った。

ゲーム全体で言えばケルソーのほうがヒロイックで感情移入しやすいと思う。しかしゲーム終盤に大活躍するケルソーを見ている間も、俺の心はフェルプスなので彼がまぶしかった。彼の無事をずっと祈っていた。この没入感はやはり、これだけの膨大な物量をゲームとして組み上げてくれたがゆえに味わえたものだと思う。



「LA ノワール」の秀逸な部分と残念だった部分は、conflict error 氏のゲーム評「"映画のようなゲーム"を極めた先にあったもの」に詳しい。

◆「グラフィックや演出という点では全力で満点を付けてもいい出来」
◆「一見凄いが実はあらが目立つ尋問」
◆「L.A.ノワールという映画を完成させる俳優を演じるロールプレイングゲーム」
◆「異常に作り込まれたちょい役キャラクターも、オープンワールドすらも、単なる小道具やセットの一部でしかない」
◆「良かったかは別として『映画のようなゲーム』のひとつの到達点ではある」


たしかにそうで、俺は「LA ノワール」という映画の巨大セットの中にいるフェルプスという役者だった。学校演劇すらやったことのない俺が、脚本にないアドリブ台詞を観客に向けつぶやくツイッターという場所も使って、濃密な映画出演体験をできたのである。

殺人課や放火課の捜査など正直ビジュアルもストーリーもしんどいし人に勧める気もしないのだが、自分がやれたことは本当によかったなと思う。よくできた洋ゲーってそういうゲームが多い。人には勧めないがずっしりと個人的な記憶となって、ゲームが自分の中に残っていく。2016 年にやったゲームで、GC ゼルダ「風のタクト」と並ぶトップ2なのは間違いない。




おまけ

1月9日



仕事を終えた俺フェルプス刑事は、気の合う交通課ビコウスキーを誘ってLA名所踏破ツアーをしている。町の東端から驚異の細部造り込みをゆっくりと味わっていくと、米軍施設があった。――ここ入れるじゃん! かっこいい陸軍カーがあった、借ります。あ! 俺が働いてた米軍府中基地跡そっくり! なつかしい!



あっ。陸軍施設内に日本の神社? なんだこれは。



いや…。これは神社じゃない。沖縄の民家だよ、ビコウスキー。お前には話したことがなかったが、俺やケルソーはあそこにいたんだ…。――ゲーム内の隠し施設に、物語の背景につながるこんな訓練施設があったとは。このゲームを作った人たちの底知れぬ作り込み魂に戦慄する。すごいゲームであった、まったく。



L.A. ノワール日記(2)殺人課編「気の毒なエブリン・サマーズ」
L.A. ノワール日記(1)交通課編

2017/01/11

【Xbox 360】LA ノワール日記(2)殺人課編「気の毒なエブリン・サマーズ」

(ネタバレは特にありません)

12月28日



(前事件舞台の本物の写真を見つけた。すごい)

巨大な映画オープンセット廃墟での大アクションで交通課の仕事を終えたのだが、頼みもしないのに殺人課に昇進されてしまった。事件は怖いわ相棒はいけすかないオッサンに代わっちゃうわで、俺フェルプス刑事は仕事に行くのが鬱である。

「なんでこう事件が多いんだろうね」とぼやくと嫌味なおっさん相棒ラスティは、「戦争だよわかるだろ。帰ってきた連中が荒れてるんだ」と答えた。

物語が進む大戦直後 47 年の LA は実際に、犯罪多発で荒れてたのだそうだ。このゲームの事件はそれらの事件をモデルにしてるらしい。日本も同じだったろう。勝っても負けても戦争は傷を残す。フェルプスの軍隊回想シーンもそろそろ戦中の出来事になっていくと思われ、それがこのゲームの大きなテーマなんだろう。

俺フェルプス刑事が被害者やその娘さんに気を使うシーンがよく出てくる。フェルプスは正義感が強すぎ腹立たしい奴だが、弱者を守ることには非常にセンシティブである。徐々に彼のそういう気質が見えてきて、シンパシーが湧いてくる。

殺人課最初の事件「赤い口紅殺人事件」解決とともに Disc1 終了。え? なんだこのあっけない終わり方は――と書いたら、結論はまだ早いとマコ署長がリプしてきた。そうかこの事件が伏線として続くのか。なるほど。面白い。

12月29日

殺人課第二話、「金の蝶事件」。被疑者が二人おり、尋問後どちらかを俺が選ぶことになる。しかし状況証拠は揃っていても、確定的なものも自白もない。仕方なく片方を選んだが釈然としない。ニ事件続けて立件が弱すぎるだろうこれは…。



これでいいのだろうか…と納得行かない俺フェルプス刑事は、続くカットシーンで「本当に事件は解決したんでしょうか」とボスに問うてしまう。すると機嫌よかった彼がいきり立った。ボウズお前は黙って働け! ボスボスボス! そんな言い方ひどいわ。彼は何かを隠している。俺が確信なく拙速に犯人を選ばされているのは、手柄を急ぐ上からの圧力なのだ。なるほど。面白い。





路上強盗(メインストーリーとは関係のない単発事件)を追いかけていたら地下鉄の構内に入ってしまった。電車が通っている! すごい。興奮して通り過ぎる電車とのセルフィーにトライしたが、ピンぼけで失敗した。残念。

しかし地下鉄まであるとはすごいなと構内を5分ほどテクテク歩く。駅もあるのかもしれんが見つからず、あきらめて非常口から地上に戻ると事件現場から何キロも離れた場所だった。地下道が本当につながっているこの精密模型感が素晴らしい。これを作ることはどれほど楽しく、かつ大変だったことだろう。

パトカーを取りに徒歩で帰るのは億劫なので、通り過ぎる車に刑事証を見せ「警察だ! 緊急なのだ車貸してくれ!」と車を借りて帰る。刑事って自由だ :-)

12月30日

3話「絹の靴下事件」4話「白い靴事件」。いくつもの事件がやはりネックレスのようにつながっていることが見えてきた。そのつながりを暴きたくて、俺フェルプスは LA の町を駆けずり回っている。戦傷者が暮らすホームレスの村なんてものがあった。そしてそこに住む浮浪者たちが米政府や警察への鋭い敵意を抱いている。そういう想像してみたこともない社会背景が描かれる。戦争が終わって明るい LA の、陰になった部分にフェルプスたちの仕事がある。



そして第5話、エブリン・サマーズの孤独な死。捜査はどの事件も大差ないので中盤にかかると繰り返し感が強いのだが、このゲームの物語とそれを演じるキャラの訴求力に、俺は心を持って行かれている。故郷に帰れという母からの手紙を持ったまま都会で荒んだ暮らしをしたこの女性のエピソードは、フォレストガンプみたいだと思った。ゲームでは手がかりを求め彼女の何もないねぐらに立ち入ることになり、胸が痛む。



身寄りのないエブリンの死を知った知人の酒屋店主は、彼女の身の上を俺に短く語り、「彼女は悪いことなど何もしていない」と無念を口にする。俺フェルプス刑事は彼をハグしたくなった。エブリンのことは、母の手紙とこの店主の言葉しか知らない。それだけで彼女の孤独と哀しきイノセンスを感じ、胸が揺さぶられる。家族とうまくいかないジェーン(という青年)を歌ったディランの、「クイーンジェーン・アプロキシメートリー」が脳内に流れてくる。

『クイーンジェーン・アプロキシメートリー』

When your mother sends back all your invitations
And your father to your sister he explains
That you’re tired of yourself and all of your creations
Won’t you come see me, Queen Jane?
Won’t you come see me, Queen Jane?

君の母親は君の招待状を全部突き返し
父親は君の妹にこう説明する
君が自分自身と、自分がなしたことの全てに飽き飽きしてるとね
まあ俺に会いにこないか、クイーンジェーン

Now when all the clowns that you have commissioned
Have died in battle or in vain
And you’re sick of all this repetition
Won’t you come see me, Queen Jane?
Won’t you come see me, Queen Jane?

いまや君があてにした道化師たちも皆
戦争やら犬死にやらで死んでしまった
そんな繰り返しに君はもううんざりしているんだろう
まあ俺に会いにこないか、クイーンジェーン

ディランのような友人を持たなかった、哀れなエブリン・サマーズ。彼女を死なせた者に罰を受けさせねばならない。俺はそう強く思ったのである。

物語に俺の心が掴まれ、俺がフェルプス刑事に同化している。始める前は、LA の町の作り込みと犯人のリアルな顔色演技を見ての尋問が画期的くらいの認識で、物語面にそこまで期待はしてなかったので、ストーリーがよくできていると教えてくれたおすすめ人マコ署長に感謝しなければならない。挿入される回想シーンも今はフェルプスが沖縄で戦闘中。戦争中の心の傷がサブテーマになってるのは明らかなので、こちらも早く先を見たいと思う。物語の先が知りたくて延々とプレイ時間を注ぎ込むゲームは久方ぶりだ。

12月30日



最後の事件「半月の殺人事件」。いくつもの事件を『解決』し名を上げた俺フェルプス刑事に、犯人からの挑戦状が届く。英国詩人シェリーの高踏な詩に込められた謎を解いてたどり着く LA の名所に次の詩が置かれ、どこかへと誘導されていく。複雑な経路を見つけるパズルやメカニクス(構造物が動いたりする仕掛けや罠)もあり最高だ。そしてめったに来れない名所ではこうやってセルフィーを撮るのも忘れてはいけない。高いなー。



あった。次の名所はここだ。俺フェルプス刑事の英詩の読解力たるやですよ。大学は英文科だったしね。いやーこりゃいいところですな。写真写真…あ、目をつぶっちゃった! 撮り直したいが後ろで相棒ラスティが…もしかしてむっとしてる?



そして殺人課最後の事件が完了。いやはや。とんでもない事件だった。ゾクゾクと肌が泡立つ思いを抱えながら町中を走った。仔細はすべてネタバレになるので書けないが、洋ゲーがストーリーでえぐってくる感情の内角ギリギリは本当にエグいと思う。日本人のクリエイターはここまでのストーリーを書くことをためらうだろう。良し悪しではなく、やはり表現への向かい方が違う。



…ふう。いや大変だったねラスティ。これでお別れだ。インテリの俺フェルプス刑事は叩き上げのあんたとは気が合わなかったが、思えばいい相棒だったよ。最後に中華でも食おう。――え? 中華嫌い? これだからイモと肉しか食えないホワイトのオッサンは…(人種差別発言) 。



L.A.ノワール日記(終)夢と裏切りの園でフェルプスとなる
L.A. ノワール日記(1)交通課編