2017/02/18

「逃げ恥」、修善寺、オグリキャップ

こちらの日本語 TV でいま、「逃げるは恥だが役に立つ」を毎週やっている。ヒラマサくんとみくりさんは実にかわいらしい。これまで星野源は LIFE おもえもんがベストアクトだと思ってたのだが(笑)、4話でみくりが風見さんとのシェアを請け負ったことで傷つくヒラマサの悲しき平静顔、絶望のベッドへたり込み、そしてみくりさん奇跡の恋愛オファーを受け逆転アタフタ二倍速などで心掴まれました。



今日は第6回温泉社員旅行の巻。このドラマって日本を旅したくなるな。山梨ぶどう狩りのときもそうだったし、揺られていく電車のバックでかかる「そうだ京都へ行こう」の音楽とかもう、胸が痛いほどなつかしい。ついたところも見覚えがありどこかと思ったら、あの橋は修善寺だ。私も昔バイクで行きました。

ヒラマサといる平和を愛すことは、彼を愛すことと一緒。しかしみくりが伸ばす指先から彼は逃げていく。帰りの電車で涙を拭うみくりにもらい泣きしそうになっていると、ヒラマサお前! よし(笑)。みくりの気持ちはわかってないけど、好ましくてたまらない彼女に吸い寄せられる手のひらと唇。



修善寺の裏のだるま山にすばらしいクネクネ道とキャンプ場があって、そこにテントを張って俺と弟はバイクの練習をしていた。美しく速く走ろうと一日中練習して、夕方修善寺に降りて公共浴場でお湯を使わせてもらい、スーパーでレトルト食品などを仕入れてキャンプ場へ戻りつましい夜を過ごす。ストイックなバイク者たちでした。

ある年俺は落ち込むことがあって一人でだるま山キャンプに行き、めそめそクヨクヨと相変わらずバイクの練習をしていた。もう東京になんて戻る気がしないと思っていたが、週末は安田記念だった。オグリキャップが半年ぶりに走る。そうだオグリキャップに会いに行こう。

テントをたたみ府中へ向かい、復帰戦でいきなりコースレコード勝ちというオグリキャップの素晴らしすぎる走りに立ち会って、ボロボロ涙が出ました。すごいよお前すごすぎる。なんてすごいんだオグリキャップ。

オグリキャップというのはこうしてその走りで人を感動させた馬で、先週やってた NHK「プロフェッショナル」のオグリキャップ特集はそこをぜんぜん見せてくれていなかった。血統の差を覆すとか、そんなこと馬が考えてるわけないじゃん。彼はとにかく誰よりも速く走りたかっただけだろう。


彼の最後の有馬記念にも俺はいました。パドックからレース後まで、誰もがオグリ・オグリと声をかけ涙をこぼしていた。レース後やっと涙が止まった俺と相棒のタケちゃんは、いやはや、まさかね、すごいねと呆けたようになりながら、駅に続く長い道をニコニコ顔で歩きました。

NHK「プロフェッショナル」はあの有馬記念の映像をフジテレビから借りて流してくれたのだけが、オグリキャップに胸踊らせた頃を蘇らせてくれた。『オグリ一着! オグリ一着! オグリ一着! オグリ一着!』。スポーツは競技者の姿と見る者の気持ちが交錯してエモーションが爆発する。記憶に残るのは彼の走りと、それを語るアナウンサーの言葉だけなのだ。


オグリキャップが救ったもの

(1990/12/25)

 12月23日、グランプリ。船橋法典の駅に降りたっても僕の胸は少しも浮かなかった。どうしようか。いったいどうしたらいいのか、明日から。いつかそればかりを僕はくりかえし、それ以外のことに気持ちは向かわないのだ。

 寝ても覚めてもうつつにも。どうしてこんなに考えてしまうのか、オグリキャップのことを。新聞は書きたてている、駄目でしょう無理でしょう終わりでしょう。

 いつでもオグリに気持ちを傾けていた、わが愛する〈競馬探偵〉高橋源一郎氏はレース予想で、オグリキャップへのお別れにこんなしるしをつけていた。「ラブ」。--------ああ、僕たちの願いは、この祈りは、いったいどこへ昇っていくのだろう。



 そして・そして・そして。なんということなのでしょうか。



 オグリキャップが救ったものはラブだ。ラブ・ラブ・ラブ。オグリキャップが甦らせたのは善・美・祝福、奇跡を愛する心。祈り・ジャスティス・感謝輝き。情熱勇気に未知不思議、喜び笑いにクリスマス。オグリ・オグリ・オグリキャップ、メシアが再び。

 お前が救いつないだ信じることの喜びこそが、僕たちをここに集まらせている。オグリキャップ、お前が去ったあとからも。お前の奇跡はこの国を照らし続けることでしょう。僕はこの素晴らしいゲームを来年も、再来年も、ずっと、見続けていよう。

 表彰が終わり、全てが終わり、僕はスタンドを振り仰いだ。百億円の豪華スタンドよりも輝ける僕たちのハピネス。そしてどこかにいるはずの競馬探偵氏にむかって僕はラブとつぶやき、おおきく一度手を振った。



 翌朝、新聞に〈競馬探偵〉氏の名を探した。僕はあのとき、あなたのことを考えました。

 『何か大きい声で叫んだような気もします。彼の名前を呼んだのでしょうか。わかりません。

わたしは胸の中の大きな塊を吐き出していました。目の前がぼやけて、足元がぐらついていました。帽子を振ってたら、飛んでいっちゃいました。息が苦しくなりました。

神様、彼に勝たしてやって下さい。お願いです。それぐらい当然です。そうでなくちゃいけない。神様、あんたにはいつもひどい目に会わされてる。でも、いい。許してやる。だから、彼に勝たせろ。ほら、ゴールだ!』


 駅のスタンドで、僕は動けなくなってしまった。
 さようなら、オグリキャップ。

2017/02/10

ファンタジックな友だちの思い出

今朝学校へ送っていく車の中で、娘がピンクフロイドをかけた。



「昔友だちバンドのハチとアライ君が初めて東京から須坂(私の信州実家)に訪ねてきたときにね、道を間違えて町を通りすぎ、えらい遠くまで行っちゃったら しいのよ。で左右は畑の一本道みたいなところをピンクフロイドをグワングワン鳴らしつつ延々と走ってたら、もうそこがどこなのかどこを目指してるのかもだ んだんとわからなくなって、『俺たちはいま永遠の中にいる。永遠の意味がわかった! うおおおお!』って興奮したんだって」

と昔話を聞かせてやると、ムスメ笑ってました。そういえば彼らは永遠が分かる少し前に、道ばたの川で魚も釣って食べてたらしいよ。ファンタジーだよね、笑うよなあ。





今年のバンクーバーは5~6年ぶりの寒波がやってきていて、雪も多いしあちこち凍結して大変であります。雨樋が雨樋がー(笑)。家と車は冷えると痛む。

2017/01/13

【Xbox 360】LA ノワール日記(終)夢と裏切りの園でフェルプスとなる

(特にネタバレはありません)

1月3日



正月二日からフェルプス刑事業務再開。殺人課を終えた俺の新配属先は、ハリウッド管轄区の麻薬捜査課だった。薬物は団体犯罪なので関係者が多く、誰を追っているのかよくわからぬ大味な仕事である。倉庫でクレーンを使うなどパズル的な工夫は増やされているが、なんとなく気乗りしない。

殺人課であんな経験をしてきた直後だもんな。多少気が抜けても無理ないよ俺フェルプス。相棒ロイもいけ好かないし。しかし回想シーンの過去の自分と今の自分の人生が交点に向かっているという、ストーリー上の高まりは強く感じている。


(チャイニーズ・シアターという名所。レッドカーペットがある。)

ハリウッドは前管轄地東 LA よりはヤシが多く西海岸風であるものの、そんなに華やかでもない。意外と夢のカリフォルニア的光景ではないな。

もしかするとビーチボーイズ的「夢のカリフォルニア」は、1947 年にはまだ存在しないのかもしれない。黒人はニグロと呼ばれ白人への敵意をむき出しにし、ユダヤ人への差別が犯罪を呼び、共産主義思想が違法な時代で、大戦で負傷兵の苦痛を抑えるために使用されたモルヒネが麻薬市場に溢れている。戦争直後の LA にはまだ、ファンファンファンな風は吹いてなかったのかもしれない。



第二の事件、「罠」。ボクシング八百長事件と戦時中の思い出が絡んでいく。戦争回想シーンでフェルプスが今と同様カタブツの部隊長だったことが描かれ、その経験がボクシング事件での行動につながる。ドラマが盛り上がってきている。この町のどこかに、今の事件のそのすぐ先に、俺フェルプスが守りたい戦友たちがいる。胸が締め付けられる。

1月5日



軍需物資盗難の捜査線上に、エリート将校だった俺フェルプスを嫌ってるであろう戦友たちが浮かんでくる。お前に話を聞かなきゃならないんだ、ケルソー。お前が事件に関係しているかどうかはまだ分からない。だが俺に疑われるだけで忌々しいという気持ちはよくわかるよ。俺フェルプス刑事は腹の底でそう思っていた。



戦友たちと交わるこの事件のクライマックスで、あろうことか俺は放火課に左遷されてしまった。盛り上がっていたのに。俺に捜査を続けてほしくない者たちが上のどこかにいる。めっちゃやる気を失った。地味な部署に左遷されて失意の刑事をロールプレイさせられている。



俺フェルプス刑事が左遷されたのはこのドイツ人ジャズシンガーのせいらしい。アメリカのドイツ人シンガーってベルベットのニコやん、戦後すぐのアメリカにいるドイツ女性ってなにか特別な存在なのかな、やっぱ彼女も「ファム・ファタール(運命を変える女)」なのかなー! って敏腕刑事はヤケクソに思った。

1月7日

左遷されてから仕事に気乗りしてないフェルプス刑事です。麻薬課最後の事件で追っていた戦友たちの消息が気にかかる。

移動中ぼーっと聞き流していた「カリフォルニアは夢の土地です! 当社はここにあなたの夢の家を提供します!」という空々しいラジオ CM が、いま追っている不審火事件で誰もが怪しいと思う大物ドナルド・トランプ氏(仮名)自ら出演するやつだと気がついた。シーン固定で挿入してあるのではなく、ランダムにかかっている。つまりこの町で彼の会社を知らぬものはいないという自然な演出なのである。

もしかすると気づかなかっただけで、ゲーム開始時からずっとかかっていたのかもしれない。洋ゲーではこういう非説明的な演出に唸らされる。映画ならフェルプスが「ん?」という顔をしてラジオのボリュームを上げる場面だろう。それをフェルプス役サカタ君が脚本も監督指示もないのにやるわけですよ。このロールプレイ感たるやすごいものがある。



移動中に聞くカーラジオは音楽、ニュース、CM、演芸と多彩な内容で実に凝っている。昔東京で聞いていた FEN を思い出す。素晴らしい女性コーラスの曲がかかり、歌詞を検索してアンドリューズシスターズと判明。うちの奥様が「アンドリューズシスターズみたいに歌いたい」と今度姉妹でレッスンを受けるのだが、これか。「――♪キャバレーでビールくらって盛り上がってたら、ピストル持って奥様が飛び込んできたよ。それで逃げてんのさ。そのピストルをしまってくれよママ、しまってくれよ。」――カクイー!

Wiki によれば、アンドリューズシスターズはヨーロッパの連合軍将兵の慰問に活躍したことでも有名であるとある。ここにも戦後直後という時代性がちゃんとこもっている。手抜きがない。



このゲームのオリジナル音楽のよさを書くことを忘れていた。こうした巨大ゲームは総合プロジェクトなので音響も実に練られていて、犯行現場から憂鬱な思いで車を出すときなどは上記のような陽気なラジオは鳴らず、車が道路に滑りだすと同時にこういう音楽がかかる。


LA Noire - New Beginning

事件の犠牲者を思い、フェルプスと相棒が押し黙ってしまう移動車内の心象が見事に反映されている。このゲームをプレイした人は、あの車内の物悲しさを思い出すだろう。これは最初は口論ばかりしていたベテラン刑事ラスティと俺フェルプスが、犯人への憤りという共有感情からある種の友情を育てていく時間の伴奏曲でもあった。

1月8日

不審火の捜査をこなしていると、麻薬課で捜査を中断させられたあの、かつての戦友が絡んだ事件と今の事件がつながってきた。そうか。さすがに左遷され俺フェルプス刑事がただ腐っていくだけじゃクライマックスに辿りつけないもんな。巨悪を暴くカタルシスがあるんだよきっと。希望を捨ててはいかん俺フェルプス。



ケルソー、戦時中俺はお前に嫌われた。見直してもらうことなど望んでいない。だけどケルソー、このままじゃジャスティスはないよな。お前と俺はもう一度、同じ敵を追って戦うのだ。

このゲームはフィルム・ノワールのシニカルな味をよく汲んでいるとマコ先生が評していたけれど、ニコリともしない男たちが投げつけ合う厳しい言葉の中にうっすらと浮かんでくる友情には、たしかに胸を打たれるものがある。いつかお前の硬い頬が俺の前で緩むところを見たいよ、ケルソー。


1月9日

最終二話。麻薬課時代からのすべての事件の全貌が見えた。敵は明確である。今日すべての事件は終わる。ここのところの展開は競馬ミステリーのディック・フランシスのようだ。俺がボコボコにされて痛くて、しかし決して志は曲げないのである。実際ならきっと曲げちゃうがゲーム内では曲げぬ。


敵の大物は、いつか俺が良景を探し車を流した丘に住んでいるとわかった。中を見たくて門をよじ登ろうとし、入れずすごすご帰ったあの邸宅だろう。敵をあと一歩というところまで追い詰めながら、俺は何やってたんだって話です。だが今度は逃さない。



夕日を背にサンセット・ブルバードを敵地に向かう。敵は人数を集め待ち構えているだろう。南に下り左に折れてサンタモニカ・ブルバードをさらに東へ。歌姫シェリル・クロウもこの道をドライブしてた。オールアイワナドゥ・イズ・ハブサムファン。




そしてストーリー終了。

苦く悲しい物語だった。最終章に回想シーンが2つ入り、刑事フェルプスと戦友たちの物語がすべてリンクした。映画を1本きちんと作ってからゲームとして分割したような、壮大壮絶な物語だった。



フェルプス、ケルソー、そして回想シーンで主役だったシェルドンの3人は、俺ゲーム史上ベスト演技賞である。このモデル俳優陣の激似ぶりよ。俳優に演技させそれをキャプチャするというこのシステムで作られたキャラ造形には、たしかに宿るものがある。


(もう一人の戦友シェルドンと、表情の豊かさで俺を驚かせた最初の事件の店員ちゃん)

彼らだけではなく、登場するすべての人に驚くほど強い印象があるのだ。1シーンしか出てこないこんな脇役ちゃんの泣き顔や声を鮮烈に覚えている。こんなことって他のゲームでは経験がない。本当の人の顔ってやっぱり情報量がすごいんだな。

分割したストーリーのすり合わせに齟齬があって、所々つながってない感もあった。あれはどうなったんだというストーリーの粗は多い。推理ものとしては批判されるようなところも多いと思う。しかしこの物悲しいストーリーラインの上で人物たちが話す言葉や見せる表情の全体が泣けるコードとなって、俺の心の琴線はずっと鳴り続けたわけである。

そこはプレイヤーの個人差が大きいところで、このゲームを壮大な失敗作と評する人も多い。それはわかる。このゲームを楽しめるかどうかは、プレイヤーがフェルプスというキャラにどれだけ没入できるかにかかっているだろう。俺は自分がフェルプスになっていくのを心地よく感じ、彼が話してはいないが心のなかで思ってるはずの感情を日々代理ツイートした。彼のダメなところを自分が情けなく思った。

ゲーム全体で言えばケルソーのほうがヒロイックで感情移入しやすいと思う。しかしゲーム終盤に大活躍するケルソーを見ている間も、俺の心はフェルプスなので彼がまぶしかった。彼の無事をずっと祈っていた。この没入感はやはり、これだけの膨大な物量をゲームとして組み上げてくれたがゆえに味わえたものだと思う。



「LA ノワール」の秀逸な部分と残念だった部分は、conflict error 氏のゲーム評「"映画のようなゲーム"を極めた先にあったもの」に詳しい。

◆「グラフィックや演出という点では全力で満点を付けてもいい出来」
◆「一見凄いが実はあらが目立つ尋問」
◆「L.A.ノワールという映画を完成させる俳優を演じるロールプレイングゲーム」
◆「異常に作り込まれたちょい役キャラクターも、オープンワールドすらも、単なる小道具やセットの一部でしかない」
◆「良かったかは別として『映画のようなゲーム』のひとつの到達点ではある」


たしかにそうで、俺は「LA ノワール」という映画の巨大セットの中にいるフェルプスという役者だった。学校演劇すらやったことのない俺が、脚本にないアドリブ台詞を観客に向けつぶやくツイッターという場所も使って、濃密な映画出演体験をできたのである。

殺人課や放火課の捜査など正直ビジュアルもストーリーもしんどいし人に勧める気もしないのだが、自分がやれたことは本当によかったなと思う。よくできた洋ゲーってそういうゲームが多い。人には勧めないがずっしりと個人的な記憶となって、ゲームが自分の中に残っていく。2016 年にやったゲームで、GC ゼルダ「風のタクト」と並ぶトップ2なのは間違いない。




おまけ

1月9日



仕事を終えた俺フェルプス刑事は、気の合う交通課ビコウスキーを誘ってLA名所踏破ツアーをしている。町の東端から驚異の細部造り込みをゆっくりと味わっていくと、米軍施設があった。――ここ入れるじゃん! かっこいい陸軍カーがあった、借ります。あ! 俺が働いてた米軍府中基地跡そっくり! なつかしい!



あっ。陸軍施設内に日本の神社? なんだこれは。



いや…。これは神社じゃない。沖縄の民家だよ、ビコウスキー。お前には話したことがなかったが、俺やケルソーはあそこにいたんだ…。――ゲーム内の隠し施設に、物語の背景につながるこんな訓練施設があったとは。このゲームを作った人たちの底知れぬ作り込み魂に戦慄する。すごいゲームであった、まったく。



L.A. ノワール日記(2)殺人課編「気の毒なエブリン・サマーズ」
L.A. ノワール日記(1)交通課編

2017/01/11

【Xbox 360】LA ノワール日記(2)殺人課編「気の毒なエブリン・サマーズ」

(ネタバレは特にありません)

12月28日



(前事件舞台の本物の写真を見つけた。すごい)

巨大な映画オープンセット廃墟での大アクションで交通課の仕事を終えたのだが、頼みもしないのに殺人課に昇進されてしまった。事件は怖いわ相棒はいけすかないオッサンに代わっちゃうわで、俺フェルプス刑事は仕事に行くのが鬱である。

「なんでこう事件が多いんだろうね」とぼやくと嫌味なおっさん相棒ラスティは、「戦争だよわかるだろ。帰ってきた連中が荒れてるんだ」と答えた。

物語が進む大戦直後 47 年の LA は実際に、犯罪多発で荒れてたのだそうだ。このゲームの事件はそれらの事件をモデルにしてるらしい。日本も同じだったろう。勝っても負けても戦争は傷を残す。フェルプスの軍隊回想シーンもそろそろ戦中の出来事になっていくと思われ、それがこのゲームの大きなテーマなんだろう。

俺フェルプス刑事が被害者やその娘さんに気を使うシーンがよく出てくる。フェルプスは正義感が強すぎ腹立たしい奴だが、弱者を守ることには非常にセンシティブである。徐々に彼のそういう気質が見えてきて、シンパシーが湧いてくる。

殺人課最初の事件「赤い口紅殺人事件」解決とともに Disc1 終了。え? なんだこのあっけない終わり方は――と書いたら、結論はまだ早いとマコ署長がリプしてきた。そうかこの事件が伏線として続くのか。なるほど。面白い。

12月29日

殺人課第二話、「金の蝶事件」。被疑者が二人おり、尋問後どちらかを俺が選ぶことになる。しかし状況証拠は揃っていても、確定的なものも自白もない。仕方なく片方を選んだが釈然としない。ニ事件続けて立件が弱すぎるだろうこれは…。



これでいいのだろうか…と納得行かない俺フェルプス刑事は、続くカットシーンで「本当に事件は解決したんでしょうか」とボスに問うてしまう。すると機嫌よかった彼がいきり立った。ボウズお前は黙って働け! ボスボスボス! そんな言い方ひどいわ。彼は何かを隠している。俺が確信なく拙速に犯人を選ばされているのは、手柄を急ぐ上からの圧力なのだ。なるほど。面白い。





路上強盗(メインストーリーとは関係のない単発事件)を追いかけていたら地下鉄の構内に入ってしまった。電車が通っている! すごい。興奮して通り過ぎる電車とのセルフィーにトライしたが、ピンぼけで失敗した。残念。

しかし地下鉄まであるとはすごいなと構内を5分ほどテクテク歩く。駅もあるのかもしれんが見つからず、あきらめて非常口から地上に戻ると事件現場から何キロも離れた場所だった。地下道が本当につながっているこの精密模型感が素晴らしい。これを作ることはどれほど楽しく、かつ大変だったことだろう。

パトカーを取りに徒歩で帰るのは億劫なので、通り過ぎる車に刑事証を見せ「警察だ! 緊急なのだ車貸してくれ!」と車を借りて帰る。刑事って自由だ :-)

12月30日

3話「絹の靴下事件」4話「白い靴事件」。いくつもの事件がやはりネックレスのようにつながっていることが見えてきた。そのつながりを暴きたくて、俺フェルプスは LA の町を駆けずり回っている。戦傷者が暮らすホームレスの村なんてものがあった。そしてそこに住む浮浪者たちが米政府や警察への鋭い敵意を抱いている。そういう想像してみたこともない社会背景が描かれる。戦争が終わって明るい LA の、陰になった部分にフェルプスたちの仕事がある。



そして第5話、エブリン・サマーズの孤独な死。捜査はどの事件も大差ないので中盤にかかると繰り返し感が強いのだが、このゲームの物語とそれを演じるキャラの訴求力に、俺は心を持って行かれている。故郷に帰れという母からの手紙を持ったまま都会で荒んだ暮らしをしたこの女性のエピソードは、フォレストガンプみたいだと思った。ゲームでは手がかりを求め彼女の何もないねぐらに立ち入ることになり、胸が痛む。



身寄りのないエブリンの死を知った知人の酒屋店主は、彼女の身の上を俺に短く語り、「彼女は悪いことなど何もしていない」と無念を口にする。俺フェルプス刑事は彼をハグしたくなった。エブリンのことは、母の手紙とこの店主の言葉しか知らない。それだけで彼女の孤独と哀しきイノセンスを感じ、胸が揺さぶられる。家族とうまくいかないジェーン(という青年)を歌ったディランの、「クイーンジェーン・アプロキシメートリー」が脳内に流れてくる。

『クイーンジェーン・アプロキシメートリー』

When your mother sends back all your invitations
And your father to your sister he explains
That you’re tired of yourself and all of your creations
Won’t you come see me, Queen Jane?
Won’t you come see me, Queen Jane?

君の母親は君の招待状を全部突き返し
父親は君の妹にこう説明する
君が自分自身と、自分がなしたことの全てに飽き飽きしてるとね
まあ俺に会いにこないか、クイーンジェーン

Now when all the clowns that you have commissioned
Have died in battle or in vain
And you’re sick of all this repetition
Won’t you come see me, Queen Jane?
Won’t you come see me, Queen Jane?

いまや君があてにした道化師たちも皆
戦争やら犬死にやらで死んでしまった
そんな繰り返しに君はもううんざりしているんだろう
まあ俺に会いにこないか、クイーンジェーン

ディランのような友人を持たなかった、哀れなエブリン・サマーズ。彼女を死なせた者に罰を受けさせねばならない。俺はそう強く思ったのである。

物語に俺の心が掴まれ、俺がフェルプス刑事に同化している。始める前は、LA の町の作り込みと犯人のリアルな顔色演技を見ての尋問が画期的くらいの認識で、物語面にそこまで期待はしてなかったので、ストーリーがよくできていると教えてくれたおすすめ人マコ署長に感謝しなければならない。挿入される回想シーンも今はフェルプスが沖縄で戦闘中。戦争中の心の傷がサブテーマになってるのは明らかなので、こちらも早く先を見たいと思う。物語の先が知りたくて延々とプレイ時間を注ぎ込むゲームは久方ぶりだ。

12月30日



最後の事件「半月の殺人事件」。いくつもの事件を『解決』し名を上げた俺フェルプス刑事に、犯人からの挑戦状が届く。英国詩人シェリーの高踏な詩に込められた謎を解いてたどり着く LA の名所に次の詩が置かれ、どこかへと誘導されていく。複雑な経路を見つけるパズルやメカニクス(構造物が動いたりする仕掛けや罠)もあり最高だ。そしてめったに来れない名所ではこうやってセルフィーを撮るのも忘れてはいけない。高いなー。



あった。次の名所はここだ。俺フェルプス刑事の英詩の読解力たるやですよ。大学は英文科だったしね。いやーこりゃいいところですな。写真写真…あ、目をつぶっちゃった! 撮り直したいが後ろで相棒ラスティが…もしかしてむっとしてる?



そして殺人課最後の事件が完了。いやはや。とんでもない事件だった。ゾクゾクと肌が泡立つ思いを抱えながら町中を走った。仔細はすべてネタバレになるので書けないが、洋ゲーがストーリーでえぐってくる感情の内角ギリギリは本当にエグいと思う。日本人のクリエイターはここまでのストーリーを書くことをためらうだろう。良し悪しではなく、やはり表現への向かい方が違う。



…ふう。いや大変だったねラスティ。これでお別れだ。インテリの俺フェルプス刑事は叩き上げのあんたとは気が合わなかったが、思えばいい相棒だったよ。最後に中華でも食おう。――え? 中華嫌い? これだからイモと肉しか食えないホワイトのオッサンは…(人種差別発言) 。



L.A.ノワール日記(終)夢と裏切りの園でフェルプスとなる
L.A. ノワール日記(1)交通課編

2017/01/08

動物たちのマグカップ



娘さんの素敵なクリスマスプレゼント・アイデアで、家族全員と友人とで焼き物教室に行ってきた。好きな動物のマグカップを2時間で作るというもので、始まってみるともうみなギンギンに集中して一生懸命作り、すばらしく楽しかった。いいアイデアだったよムスメ。



俺や奥様などクリエイティブ系に自信がない者はお手本のあるフクロウを作ったのだが(トップ写真真ん中が奥様のフクロウ、左が俺のフクロウ…なにかが違う…)、娘はオリジナルデザインでトトロに挑戦。2週間後に焼き上がればこれがちゃんとグレーのトトロになると思う。

娘がトトロを作るというと焼き物教室の30歳くらいの先生は「ジブリは全部見たわ私!」と盛り上がり、娘のデザイン用にトトロの写真を何枚も探してくれ、そしていった。「私の名前はなんとマーニーなのよ!」。思い出のマーニー! (俺は見てないんですが)ああ思い出のマーニー!



そして年末に飼猫を亡くしたばかりの友人が、「私はミーを作る」と亡き猫を作り出す。ああそうか、オフコースそうだよね。「ミーってこんな顔だったかしら」とつぶやきながら彼女がカリカリと粘土に描いていく猫の顔を見て、私は胸を打たれた。幸せな猫だったよ彼女はきっと。◆

2016/12/31

2016紅白歌合戦と「生さだ」の感想

今年の紅白で一番印象に残ったショットはこれでしたね。このドラマは見たことないんだけど。



PUFFY。バンクーバーに彼女らは来たんですよ。かつて。ステージ上の彼女らはロッキンミューズでした。後光が差してましたね。前座の地元バンドもよかったけどPUFFYバンドは圧倒的だった。あの轟音バンドを引き連れ紅白に出てたらすごかっただろうなー。

セカイノオワリ。そんなに大掛かりじゃなく、スマホの小さな画面のRPGみたいなキュートなセットでやるのがよかった。

タモリとマツコの入場押し問答コント。この間にうまく合わせ面白くするのは、2人の司会には無理があるなあ。まあそのへんは別に面白くなくてもいいのかw

真田丸スペシャル。えーこれだけ…? と全国のお茶の間が昨夜いってたであろう真田丸SP。あまちゃんSPクラスのすごいのをやってくれそうなものを…もう真田丸のセットを作って壊して予算が尽きちゃったのかな。このあとまだ本編があるのだろうか。

椎名林檎。娘がいま一番気に入ってる音楽はゲーム「どうぶつの森」そっくりな音を出すグラスアニマルズという英環境テクノバンドなのだが、椎名林檎がその音を取り入れていた。流行ってるんだろう。娘もおおとうなづいてました。あの音の大元はYMOや任天堂だから里帰り。

郷ひろみ。ここで土屋太鳳さんの舞踏(素敵!)を披露するなら、さっきの真田丸のガラシャ様の舞踏はいわゆる演し物として被ってるというやつであって、先ほどの真田丸SPはあれはなんだったんだ感がいや増すのである。

ゆず。嵐相葉くんの声質はホールでの司会に向いてないと思うのだが、ゆずの説明語りを聞いて彼は朗読声なんだなと思った。二宮くんが出てくるとほっと安心感が出て、最初から皆でゆるくやればいいのにと思う。曲も、永さん追悼したいなら山崎まさよしあたりに頼めばいいのにと思う。アレンジが曲と合ってなさすぎて、ゆずの持ち歌を聞いてるかのようであった。



RADWIMPS。左右の二人がノリすぎてるのが今時のバンドで気恥ずかしいのだが、センターの彼は抑制が効いていて、バンドの音とビジュアルで紅白を3分間支配するよという気迫も感じられて非常にカッコよかった。あそこでカッコよく演奏するというのは難儀なことだと思う。

RADIO FISH。公募のアマチュアダンサーズがイキイキしていて素晴らしい。この歌って意味がまったくわからないのだが(中田あっちゃんという人がどう天才なのかまったく知らないので)、意味を乗り越えとにかくカッコいいものを作ろうという心意気なのかな。カッコいいです。

AKB48。早送りで見たんだけど、あれは彼女たちの”選挙”の発表を紅白でやったということなのかな。部外者にはどうでもいいことを推し進めて、どこが限度なのかを試すゲームを見せられてる感。

Perfume。ムスメを呼んで一緒に見つつ、あーちゃんきれいだなあ、のっちきれいだなあ、かしゆかもきれいだねえとお父さんは声が出てしまう。空手だ。これは空手の型だ。キックした! カッコいいなあうっとり。ほんとうっとり。こりゃあゴジラもうっとり血液氷結だよ。

星野源「恋」。この歌はダンサブルで体が自然に動いちゃうというにはテンポが速すぎると思うのだが(こんな速いディスコヒットチューンはないだろう)、手や指が自然に動いちゃう。だからくるくると手や指を動かすダンスというよりもフリにバッチリ合うんですね。

「ゴジラを止める良質な音楽」という体でX JAPAN。これを日本中のおじいさんおばあさんが見てるのかーw 高橋真梨子。この人は声もかわいらしさもいつまでもかわらないなあ。

イエモン。初出場でこんなデンジャラスにトリに近い、この別格感はなんだろうw 彼らの歌を聞くと一時帰国して長野に住んでいた1998~99年を思い出す。WOWOWでいつも彼らがかかっていた。バンドは淡々と淡々と演奏を続け、歌のエモーションが徐々に徐々に高まっていく。

宇多田ヒカル。こういう中継はお客が客席にいるショーとしての紅白のノリと勢いを削ぐと思うし、宇多田さんも緊張していてSONGSのときとは違ったな。



今回の紅白はとにかくショーが全然ワゴンに乗っていけない感がすごかった。最後まで片輪が側溝にはまったままだった。演出責任者はドツボな正月を過ごしていることであろう。

紅白というのはあの散漫で広すぎるステージの上から、雑多なオーディエンスとTVを見てる人々の気持ちをどれだけワシづかみにできるか合戦にすべきだと思う。前半の添え物以外は中継はやめテンポよくして、なによりも音楽好きな人を司会にして盛り上げてほしいものであります。

そしていま新年まったり生さだ録画を見てるんだけど、林家たい平のさだまさしモノマネが似すぎてクドすぎて笑った。たい平さんは並外れて速い頭の回転をすべて場をいい感じに楽しくすることのみに使ってくれて、見上げた落語家だ。紅白の司会にすればいい。

生さだ 「メリークリスマス」はジョンの「ノーバディラブズユー」と同じコードなんだと気がついた。ジョンは自分や人との関係というものに諦観に似た態度を歌い、しかしコードと口笛の美しいリフレインに余韻を託す。人を信じるさだまさしはどこまでもどこまでも、歌と言葉と思いを詰め込んでいく。


生さだは去年の「案山子」英訳が泣けた。

「調子はどうだい。都会はどう? 友だちができてたらいいけど
お前が寂しくないか、お金があるかと思うことがあるよ。今度いつ帰るんだ
手紙がトゥーマッチなら電話でもいい、金送れだけでいい。
お前の笑顔その声、元気なことをマムに知らせてやんなきゃ」

(2015紅白歌合戦と「生さだ」の感想)

【MLS】礼節よりも熱情を~工藤の退団について

(2017/01/03)「FW 海外移籍の難しさ」から改題、追記

●移籍は致し方なし
●Jストライカー海外挑戦の難しさ
●地元サッカーメディアの不毛さ


(工藤移籍? ノオオオオオオオ!)
(注:エイダンさんは、柏レイソルで歌われてたエキセントリッククドーという応援歌を BC プレイススタジアムで歌ってくれてた、サポーター界の生き仏
(ゴメン! 工藤の移籍はいいんだけど、あなたには申し訳ないよ、ホワイトキャップス随一の工藤サポ・エイダンさん! 愛してる!)

●移籍は致し方なし



工藤なんの前触れもなくバンクーバー退団(笑)。まあ彼が MLS への挑戦を1年でやめたことを残念に思う気持ちは自分にもあるけども、バンクーバーの試合を1年間見て工藤が生きるパスサッカーへの希望は抱けなかったので、正直安堵している。貢献できなかったことを工藤が悔やみ来年こそと頑張っても、実りは薄いだろうと考えていた。

詳細は省くが(詳細すぎる呪われた記事はこちら→【ホワイトキャップス/2016 年シーズン大敗のまとめ】)、もともとホワイトキャップスにはつないで崩すチームではなくロングボールを出しそこに殺到するアメフトみたいな戦術のチームで、工藤の長所であるワンタッチで敵の意表をつきゴールするというひらめきを活かせる場面は今シーズンまったくなかったし、監督の方針上来年もそうそうないだろうということです。

(C)Vancouver Southsiders
この縦ポンサッカーに多様性を加えるためにロボ監督は工藤を取ったのかもしれない。前半期の工藤は出れば必ずワンタッチでシンプルにつなぎ、ボールをキープしリズムを作ろうとしていた。これはチームの変革として効いていた。しかし成果が出始めさあここからというタイミングで工藤は大怪我をし、チームは気候がきつくなる夏に絶不調となりロングボール戦術に戻ってしまう。

シーズン終盤絶不調から立ち直りバンクーバーがたどり着いたのは、ハードな全員プレスで相手を圧殺し、こぼれ球を叩き込むのがこのチームのベストだという結論だった。そんな中で工藤が他のフィジカルな選手より有効にやれることは特にないわけ。移籍で正解だというのは、チームを追う皆が思うことなのである。

●Jストライカー海外挑戦の難しさ


だから移籍はいいのだが、戦術が合わず能力を見せられぬ工藤に対し「MLS では通用しない」という声があったことは悔しい。Jを下に見られたような気がして本当に悔しい。工藤も眠れぬほど悔しいことだろう。MLS チームは大陸クラブ杯でメキシコを破れないが、工藤レイソルはクラブW杯でメキシコを破ってるんだぞと言いたくなる。今年なんかJ王者が決勝に進みレアルに2-4だぞ、Jリーグの優秀さをお前らわかってんのか。と、言っても工藤の弁護にはならぬ世迷い言を言いたくなってしまう。

Jリーグを見たことがない人たちから見れば、点を取れない理由は工藤の能力不足に見えるわけである。これが高名な欧州ストライカーなら、点が取れないのは彼の能力を活かすチャンスを作れないチーム戦術に問題があるのではと熟考してもらえたかもしれない。工藤のJ実績はなにも評価されない。わが国からの FW の海外移籍とはかくも難しいものだということだろう。

もし難しいことをせず普通につなぐ実直 MF 小林大悟がまだバンクーバーにいたら、工藤がほしいところにボールをくれただろう。簡単にプレイしボールを無駄にせぬ彼のような選手がホワイトキャップスには足りない。その大悟を切ったのもロボ監督だしな。

しかしまあホワイトキャップスのサポは、工藤のことを悪く言ったりなどせぬいい人ばかりです。「おまえ工藤がいなくなってもうちを応援してくれるんだろうな!」とビールの香りをプンプンさせてるみたいなツイートが届きました。見ます見ます(笑)。

(ドモアリガト、マサト。うちでは花開かなかったが偉大なタレントよ。がんばれ。トモサカタはクドーがいなくなってもホワイトキャップスを日本に伝えてくれるんだよな、そうだよな!)

今年の実績的に無理だとはわかっていたが、できることなら MLS の別チームが工藤を取ってはくれまいかと願っていた。ホワイトキャップスは MLS で最もフィジカルな、プレスの強度と縦へのスピードと肉体的接触の激しさに依存したチームで、リーグ最多クラスのファウル数とカード数となっている。そしてアシスト数はリーグ最少(リーグ最高64平均45に対し25)。つまりリーグで最も非創造的なサッカーをやっていた。他のどのチームもキャップスよりは相手ゴール付近のつなぎが良いので、どこに移籍しても今年よりは足元にいいボールをもらえ仕事をできただろう。しかし繰り返しになるが、今年の成績で取ってくれるところは MLS にはなかったということです。

シーズン終盤は出番の少なさからか工藤はキレがなかったが、サンフレッチェ広島で調子を取り戻し活躍することだろう。俺はこれでホワイトキャップスの試合を見るモチベーションは正直下がるが、工藤のことを心配しないで気楽に見れるのはありがたいです。工藤になにかニュースがあると俺に英語問い合わせツイートが届く、彼のスポークスマンみたいな状況だったので(笑)。



【追記】


●地元サッカーメディアの不毛さ



移籍発表翌日、ご恩は忘れません、これからもホワイトキャップスとMLSを応援しますと工藤が英語メッセージを出した。

終わったことだからもういいんだけど工藤、こういうことをするよりもね、ほしいボールがこないフラストレーションをシーズン中の試合で示してくれてたほうが、ファンに強い印象を残せたと思うよ。



これを見て感じるところがあったので、シーズン中抱いていた工藤とホワイトキャップス周辺メディアに関するモヤモヤを書いておく。

ファンが選んだホワイトキャップスの今季 MVP は左 SB のベテラン・ハーヴェイである。彼はモラレスと共に最も頻繁に、ハーフラインあたりから ST がポストすらできない無駄なアーリークロスを送り続けた選手である。ハーヴェイの高評価は、工藤や俺がイメージするつなぐサッカーとバンクーバーのサッカーに大きな隔たりがあったことのひとつの象徴だ。

工藤はシーズン後の Number インタビューで「DF よりも一歩前に出て触って決める、点に合わせるという部分は練習から研ぎ澄ますことができた」と語っていたが、後期は特に工藤が DF の鼻先で触れる速いボールなんて来やしなかった。ハーヴェイたちサイドの選手がボックス横までえぐって横から速いクロスを入れてくれたら、工藤はニアに入る巧さを活かせたはずだが(これは彼の明確なタレントである)、彼らにはそうした力がなかった。ロボ監督のシステムもサイド高くへ人を送るには弱かった。サブには強力なクロスを送れる左サイド選手が2人いて(デヨングとリーヴァイス)その起用を俺は願ったのだが、ハーヴェイの先発は揺るがず使われなかった。おそらくクロスの品質なんてロボ監督にもハーヴェイを愛す観客にも、優先順位の高いことではないのだろう。

工藤という選手はとにかく最初から最後まで、何をやれる選手なのかまったくわかってもらえていなかった。強靭なフィジカルや華麗な個人技ではなくチームとの連携で美しく点を取る FW というものが、チームにもファンにもメディアにもイメージできなかったのだと思う。そういうJリーグ的なサッカーをホワイトキャップスがやったことがないんだろう。

このコミュニケーション不足は工藤のせいだけではない。バンクーバーのサッカーメディアはシーズン中、工藤に一度もインタビューしなかった。ホワイトキャップス周辺のメディアは英語ができない選手には基本話を聞かないので、中南米アジア選手の気持ちはメディアに載らずファンに伝わらず、チームの雰囲気に影響を与えられない。番記者は工藤とより俺とツイッターを通じて交わした言葉のほうが多いだろう。シーズン中三度ほどあった工藤インタビューはすべて日本のメディアで、俺がそれを英語要約しツイートすると多くのファンから反応があった。しかし日本メディアはホワイトキャップスの試合を見てないので、戦術的に突っ込んだ話は出てこないというもどかしさがあった。


ホワイトキャップス周辺のメディアは戦術分析面で怠慢で、チーム戦術を批評しよくする方向に働いていない。TV解説もユーロ杯などでは前カナダ代表キャプテンが戦術を解説してくれるのだが、MLS 担当は選手の出来不出来しか語れないスポーツアナがやっている。

怪我から復帰直後オーランド戦の工藤好調ぶりに「工藤はベリー、ベリーグッド」「チームが待ち望んだエースが見つかったかもしれない」と書いてたメディアが、その後のチーム絶不調時に何もできない工藤はただ「無力だった」と評するだけで、なぜオーランド戦のようにプレイできないのかを訊ねなかったし分析もしなかった。彼らは怠慢というか、戦術がわからないのだろう。


(7月のオーランド戦。この頃はチームの調子がまだよく、工藤も今季ベストの働きぶりだった。1点目につながるクサビ縦パスを工藤に送った控えCMジェイコブソンとの相性がよかったのだと思う。他のMFはあのタイミングで浮き球を送るわけ )

最も影響力ある地元紙記者は「練習場では最高のストライカーなのに」と工藤を揶揄していた。じゃあ練習と試合で何が違うのか教えてくれよ。練習では速いクロスが来てるの? 足元にスルーパスが出てるの? それとも試合と同じようなフラフラとしたゆるいクロスを、工藤がマジカルに決めてるの? それをファンに伝えどん底のチームを活性化するのが君ら地元メディアの役目だろうと腹が立った。こういう環境でストライカーが結果を出すのは難しいとしみじみ思った。


工藤「ボックスで待っていてもボールは来ないん
で、下がってゲームメイクしたりドリブルに
チャレンジしようと思う」
工藤は「ボックス内でフィニッシュしてもらいたい」とロボ監督にずっといわれていたそうだが、「ボックス内にいてもボールが来ないんで」と仕事のやりにくさを秋にほのめかした。これを俺が英訳ツイートしサポーターグループの大物がまとめて RT してくれた(←)ので関係者はみな読んだと思うのだが、この意見を監督にぶつけ「ストライカーがフィニッシュできるようなボールがボックスに届いているでしょうか」と戦術論を持ちかけられるジャーナリストは、バンクーバーにはいなかったのである。そこは MLS 加入6年の歴史の浅さゆえかもしれない。

俺はそんなバンクーバーメディアに代わり工藤に直接コンタクトして、彼の考えをファンに伝えたかった。日系センターのサイン会で出待ちをして話をしようかと粘ったが、同行の娘にもう帰ろうよと却下された(笑)。まあ俺のような素人が口をはさむと、たとえ本音を引き出しても炎上を起こし選手の墓穴を掘ることになりかねんとは、大人なのでさすがにわかってました。英語ツイッターでのロボ戦術批判も、その辺を慮ってほどほどにしていたし。

しかしまあメディアなんかいずれにせよ当てにはならぬ。工藤は試合中に、観客の目の前で、自分が何をしたいのか身振り手振りでチームに訴えるべきだった。もし練習場で来てたようなクオリティのボールが試合では来なかったのなら(そうなんでしょ?)、観客の前で味方にプレッシャーを与えその場で結果を出すべきだったのだ。

終わったことだからもういいんだけど工藤。外国人助っ人ストライカーというのは、自分がベストを尽くすだけじゃダメだったんだよきっと。その慎ましさやナイスさとは別のものが必要だったんだ。礼節よりも熱情だ。

技術レベルとか懸命さとかそうことじゃなく別なところで工藤はチャンスを掴めなかったのではないかと、彼の日本的な思いやりに満ちた英語メッセージを見て俺は思ったのです。さよなら工藤壮人。元気でやってくれ。ホワイトキャップス界隈で話題になるほどの大活躍を待っているよ。◆




【関連記事】

2016/12/30

【Xbox 360】LA ノワール日記(1)交通課編

(ネタバレは特にないです)
12月22日
@tomosakata



三多摩旧友おすすめのXboxゲーム、第二弾は犯罪捜査の【LAノワール】絵がすごい! 市街がほんとにある! 好き勝手に走れる! 俺フェルプス巡査は一刻を争う捜査中の車を舗道に止め、ウィンドウに見入っちゃいました。これですか。これがゲーム市場を物量パワーで席巻したオープンワールドですか。



人物の表情が素晴らしいと評判のゲームで、たしかに「千年女優」今敏のアニメみたいなリアル感がある。しかしオープンワールドRPGの野山を見てもどうせ自動生成でしょと驚かなかったが、市街はすごいな。精巧なミニチュア模型のLAが手に入ったみたいな高揚感がある。これはどう考えても人の手が作ってるとしか思えない。すごい。



警官なので次々に事件に遭遇する。そのたびに操作法も知らぬまま戦うことになり、表示されるボタンを必死で押す。銀行強盗との撃ち合いなどえらい切迫感で、ひー弾当たらんでくれーと必死です。合間合間の回想シーンの意味がわからんが、とりあえずばっちり面白い。

12月23日



初の尋問仕事があったのだが、殺人を目撃し動揺して泣きながら話す靴屋の女の子の表情がリアルでかわいくて見とれてしまった。すごいなあ。しかし彼女の証言が必要なのだが、表情を読んでの尋問は思ったより難しい。嘘をついても動揺しても、視線が定まらないのは同じだろ(笑)。

何度も質問の選択に失敗し彼女の協力が得られず、ネットでガイドを見て「正解」を知る。これがけっこう恣意的で、観察推理すればわかるロジカルな選択順ともいえない。しかしその正解順で尋問を進めるとよりたくさん話してくれて、彼女の演技がかわいくて楽しい。

その次の犯人尋問も全然当たらず(笑)。答えを見て進めるとすごくドラマチックな話になった。なるほどー。外れても捜査が詰むというわけでもなく、捜査は続き犯人はやがて捕まるらしい。しかし当てたほうが当然楽しいし演技が楽しめる。推理はまず自力で頑張って、外れたら答え合わせをして楽しもう。

Xboxを買い英語ゲームをやり始めた時から思ってるのだがこのゲームでは特に、キャラが喋るのを見ているのが楽しい。やっぱり英語圏の人たちの演技は大きく派手で、それをゲームキャラでアニメートするとめっちゃ見栄えがするのだ。まあ驚くからちょっと見てみてください、14分くらいから↓。



12月24日

今日はあれこれあって気分がダウナーな日で、そんな夜は【LAノワール】で犯罪捜査だとかしたくならないな。犯行現場とか検分したくないし、取り乱した関係者と話す気もしない。洋ゲーは一般にダークなので、気分が沈んだときにやるものではない。



ぼんやり走っていて丘を登る道を見つけ、登って行ったら古いLAの町を一望できる所があった。車を停めてゆっくりと町を眺める。バンクーバーのイーストサイドに似ている。坂のある町を車で流していると、レースゲームForzaよりこっちのほうがずっと気分がいいと思う。



LA ノワールは面白いが、1つ事件を解決したらしばらく休暇をとりたくなる。しかし捜査は大変だが、広大な町を自由に走るのはほんと気持ちいい。話を早く先に進めたいという気持ちもないので、どこの捜査現場へ行くにも回り道をしている。土地勘がないので自分がどこを走ってるのかはまるでわからず、一度通った道は地図上で色を変えておいてくれたら未踏の道を選んで走れるのだがなあと思う。

 また高台を見つけ車を止めて散歩していると、民家の庭に洗濯物があった。なんとまあ。これをつくった人たちはプログラマーというより、ある種のジオラマ制作マニアなんだろう。俺もやりたい。

ゲーム会社の技術者をやってる友人に俺が【LAノワール】の街景にいかに驚いているかを話し、どうやってあんなものを作るのかと訊ねると、やっぱりあれは手作業なんだそうだ。何百人もが何年もかけて作ってるのだと。やっぱりデジタルのジオラマ制作班なんだな。

12月26日

6章ひき逃げ事件。派手なカーチェイスの末犯人を見事捕まえたのだが、その後から俺刑事が現場付近の重大証拠を見落としていたことが判明する。Youtube で正解進行を見たら、それを見つけるかどうかで話が変わっていた。いやすまんかった俺が捕まえた犯人(笑)。しかしこの演出はすごいな。よくできたプロットだと唸った。しかしこの正解進行を見れないのは残念なので、ハズレが出たらやり直したくなる。やり直しはけっこう前からになってしまい面倒なのが難点である。

このゲームのアクションはアクション・シューティング好きから見れば相当にぬるいらしいのだが、オートでいい感じに照準を合わせてくれるシューティングは俺にはちょうどいいし、カーチェイスはレースシミュレーターマニアの俺から見ても非常によくできている。グリップやハンドリングがリアルということではなく、敵車の取るコース取りが絶妙で、コーナーで突然ガバッと曲がる敵に巻かれないようにライン取りとスピードを準備しつつ追うことが非常に楽しい。

また普段の走行でもそうなのだが、サイレンを使うとだいたいの一般車は道と交差点を開けてくれる。とはいえ相手も人間なので完璧ではなく、交差点に入ってくる車をよけたり隙間がない車間に突っ込んでいくことも多々発生する。この辺のダイナミズムがすばらしいわけ。タイヤがグリップせずコースも読みにくい Forza より思い切り走れ楽しいのだ。願わくば LA の地形がもっと多彩だったらなあとは思うけども。 もっと坂がほしい。



寄り道の足を伸ばしたら狛犬の置かれたチャイナタウンがあった。おお。散歩するとウィンドウの商品が美しい。この店は日本の骨董屋なんじゃないかな。

12月27日



【LAノワール】今日はロング道草をしたくて相棒を路上に置き去り延々西上すると、飛行場があった。もしや飛行機もあるのかとフェンスを破り入って行くと…格納庫にあった!



…いやーすごいなとセルフィー撮って表に出ると、パトカーを捕まえ俺を追尾してきてた相棒が待ってた。あ、ゴメン怒った?(笑)。

相棒「お前な。こんな公的資源と人材を無駄遣いして、悪いと思わないのか?」。思う! ゴメン! パトカーのお二人もむっとしてますよね、夜中にソーリー! ――しかし楽しいなあ道草。どこまでも行こう、道は険しくとも。

しかし金網に囲まれた立川基地みたいな場所に無理して入るプレイヤーなどいるかわからないのに、そこにちゃんと格納庫と飛行機が用意されているんだからすごい。感動してます。置いてけぼりにした相棒が追いついてきたのにも感動(笑)。



(本件舞台の本物の写真を見つけた。すごい)

第7の事件、俺の交通課最後の仕事「墜ちた偶像」事件。映画産業末端のクズどもめ、ブタ箱にぶち込んでやると俺フェルプス刑事は証拠を集め推理して、犯人を巨大なオープンセットへと追い詰めていく。とんでもない巨大セットでトゥームレイダーみたいな大活劇! 楽しめました。 

この頃主人公が徐々に弱きを助け強きをくじく人間味を見せ始め、だんだん彼のことが好ましくなってきた。バットマンACをやったときにも感じたのだが、こうした大型ゲームのシナリオ台詞の見事さは米映画産業に裏付けられた感があり、惚れ惚れさせられる。相棒がギャング相手にまくし立てた前らはゴミだ的なアジりは、清水の次郎長森の石松の一節のごとき言葉炸裂で快感だった。

相棒が7話でギャングに言った言葉。「いいか。お前らがまだ鉄格子の中にいないのは、取るに足らんハエだからだ。お前らにかまうヒマなど警察にはないんだ。わかったかアスホール」。しびれるなあ相棒ビコウスキー。今朝キミを置き去りにしてドライブ行って悪かった :-)



L.A.ノワール日記(終)夢と裏切りの園でフェルプスとなる
L.A. ノワール日記(2)殺人課編「気の毒なエブリン・サマーズ」