2005/05/23

2005 年日本滞在記2「おそるべし戸隠忍者村」

「日本のけむり問題」「OKO家のタープ」ほか。
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■ 05/05/02(月) □ 日本のけむり問題
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 長野の町へ行く。向かい合っていたダイエーとそごうの両方がつぶれてランドマークがなくなり、善光寺通りを見つけられず大回りしてしまった。小さな町だから車がでかくて気を遣い疲れる。手頃なパーキングを見つけるまでは落ち着いて買い物もできなかった。

 PMとランチを食べたのだが、こないだのモスバーガー同様デニーズもタバコの煙が充満しており、息苦しい。こういうところにしばらくいると萌はもちろん、普段タバコを吸う俺でさえも体調が悪くなる。タバコを吸うのはせいぜい数分だが、煙が充満した中に数十分いるのは直接吸う以上に体に悪いのではないだろうか。これはカナダ同様行政が強制しないとどうしようもないだろう。子供が出入りする場所では外に出て吸う、と決めるだけでいいのだが。しかし俺はカナダに行く前からなるべくそうしてはいたけど、タバコを吸わない人がいるスタジオなんかではヘーキで吸ってたなあと反省する。

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 善光寺通りは車の通行を止めて花祭りをやっていて、なかなか春らしく美しかった。このあたりを散策してのんびりと春の町を楽しんだ。Mが会いたかった外国語学校の同僚T先生は、退社していて会えず。

 善光寺そばにアニメフィギュアを売ってる面白い店があったのだが、萌は手頃なのがたくさんあったルパンではなく高額なセーラームーン一式などを欲しがり買ってやれず。俺は「コナミウィニングイレブン 2002」という、Playstation 用最後=最強? と思われるサッカーゲームがあったので¥880 で買ったのだが、昔試した W イレブン 98 とあまり違いはないようだ。見えるところにいる味方につまらないショートパスをつないでゴール前では「スルーパス」ボタンを押すだけ。スローのリプレイでGKの動きがナチュラルで素晴らしいのが分かるのに感心する程度で、やっぱどこが人気なのかさっぱり分からないへンなゲームである。ぜんぜんサッカーをやってる気がせず10分ほど試して止める。

 もう一本の「パラッパラッパー」はほぼ期待通りに子供たちと盛り上がる。だが2面からは異様に難しく、先に進めそうにないのが残念。

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■ 05/05/04(水) □ OKO家のタープ
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 俺の出不精に愛想を尽かしたMが、MYさんとPMを誘って一日買い物に出、俺はOKOと共に子供たちと遊んでいた。OKOの家の庭にタープを張るなどして快適に過ごした。OKO家は8年間で、庭も家も工夫と歴史が重なってよくなったなあと思う。これといって話すこともなく、俺たちは静かにタープの日陰から萌とAIちゃんを眺めていた。



 俺の出不精は自分でもよく理由が分からなくて困っている。ここにいるだけじゃ、俺と萌はよくてもMには退屈なのだとは分かってはいるのだが、東京その他にイザと出掛けて行く気力が湧いてこないのである。行くとすれば友達のいる東京に行きたいのだが、行っても皆には数時間しか会えないしなあ........と、引っ込み思案な気持ちになってしまう。OKOにそういう気持ちを話してみると、俺も全然行ってないよ、皆家族ができるとむずかしいよねというのだった。まったくなんだ。家族がね。

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■ 05/05/05(木) □ 法事とお祭り
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 今日は法事と夜お祭り。ディラン青年だった高校の同級生Sに会った。ふっくらしてたが話し方など何も変わりない。「今でもオノヨーコを聴くと、初めてあの絶叫を聴かされたSの部屋を思い出すよ」となどと話す。小学校高学年らしいソリの娘たちは俺に興味を示し、だれだれ誰なのと口をはさんでくる。「お父さんとおじさんはね、昔ギターを弾いてかっこよかったんだぜ」と教えてやると、「嘘だー、お父さんなんかオヤジだよー」とはやし立てていた。

 夜になってから近所を小さなみこしが通り、萌をつれて見に行った。夏だったらもっと本当の大きな祭りにもつれてってやれるんだけどなあ。

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 萌は最近絵を集中して描かなくなって、あれほどよかったのが描きなぐりのつまらない絵ばかりを量産するようになっていたのだが、日本に来ておばあちゃんという新たなアドマイヤラーを得たからなのか、また素晴らしい絵をどしどし描き始めた。それを1階の壁に貼ってギャラリーとしてもらって喜んでいる。おばあちゃんと萌は実に気が合っている。「おばあちゃんのご飯のほうがお父さんのよりもおいしい」などと言っている(^_^;;)。

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■ 05/05/08(日) □ 斑尾タングラム
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 残りの日程がもう詰まっていて遠出はできないのだが、近場で斑尾ホテルタングラムへ。早く着き過ぎて部屋に入れずブラブラする。ここはレジャー型ホテルで、昔はイトコの子たちが遊ぶのを見てるだけだったが、自分の子と一緒だとプール等に入る気にもなる。しかし連休直後のシーズンオフだからなのか、あまり稼動しているアミューズメントもない。家族向けリゾートというならもう2~3点、子供が喜ぶものを用意しておいてほしいと思う。

 野尻湖までのR18は北信きっての快適ワインディングなのだが、父さんのボルボ940は常にターボがかかる寸前のトルクの谷で走るクセがついてるようで、ギヤを落とさないと登っていかない。ATのギヤ比も日本の道に合わないし、トルクの谷から回転が落ちないよう保持するために常に必要以上に踏んでいるので、燃費も悪い。ステアリングの正確さも車体のフラットさも今ひとつで、飛ばしてないのにけっこう疲れてしまう。設計が 20 年前(おそらく)と思えば悪い車とは言いきれないが、自分ちのレガシィにここで乗りたいなあとつくづく思った。

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 ホテル裏の小川とインドアプール(水泳帽着用義務あり・笑)で遊び、晩飯。日本食に飽きているMのためもありフレンチレストランを選んだのだが、入ってみると黒服の人々が待ち構えているド・フォーマルなレストランなのであった。



 スウェットシャツにプール上がりのボサボサ頭の俺はげげと思ったが、まあ入れてさえくれるならどう思われてもかまわんかとそのまま入る。さいわい店の人たちは皆いい人たちで(あるいは俺たちみたいな粗忽な客を扱い慣れてるのか・笑)、にこやかに対応してくれた。「少しずつ出てくるとお腹がいっぱいになって最後まで食べられそうにないので、全部出してください」といったお願いにも笑って答えてくれる。

 「ここは静かでちゃんとしたレストランだから、静かにまっすぐ座って食べてね」と言われた萌は俺たちよりもずっと行儀よく、しゃんと背筋を伸ばして食べていた。えらい。そう命じていながら俺とMは、この自分らがフォーマルな場所でかしこまっているということに耐え切れず、うつむき背中をまるめてうぷぷと笑いながら食べていた。

 勘定もどうすればいいのか分からず、俺はテーブル上に置かれた「お会計の際はご提示ください」と書かれたプレートをそっと持ち上げ、「ニッ」と笑ってウェイトレスさんが気づいてくれるのをじっと待っていた。それがまたおかしくてMが顔を覆って涙を流して笑い、実になんというかおかげさまで、楽しい旅の思い出となったのである。料理自体もかなりおいしかったし、お世話になりました。

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■ 05/05/09(月) □ おそるべし戸隠忍者村
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 2日目、チェックアウト時に萌の希望で、誰もいないホテルの外風呂に入る。萌が普段入ってるお湯よりも相当に熱いのだが、「日本の温泉に入りたい」という気持ちが強かったらしく、足から腰、胸、肩ときっちり入ってしまったのだった。頭に手ぬぐいを乗せてゴキゲン。

 そして熱くなると岩に腰かけて体をさまし、冷えるとまた暖まりと繰り返して、2人でたっぷりと霧の流れ込む岩風呂を味わった。斑尾の温泉は思ったよりもずっといい湯で、実に暖まった。

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 そこから45分ほどで戸隠奥社へ。ここは初めて来たのだが、参道前に脚を踏み入れた途端に戸隠の巨大な山が頭上ずいーんと現れて、もうこれ一発で山岳信仰にババーンとやられてしまった。奥社門前というこれ以上はありえない戸隠そば本場で素晴らしくうまい戸隠そばを食べ、さあ奥社へ行ってみようかと思ったら参道から神社が見えない。看板を見ると片道2Km とある。うげ。往復4Km を萌がすんなり歩くとは思えず、ここへ来た目的である忍者村に早く行きたくもあり、行きたがるMを多数決で下して奥社は次回としてもらった。お詫びのしるしに鳥居の横にあった小さなホコラにお賽銭を積む。これは敗者復活祈願のホコラに違いなく、そうMに説明する。

 忍者村に行きまず手裏剣などの展示物を眺めていると、「戸隠忍者○○代目現当主のだれそれより寄贈」と書いてあり、その人らしき人が岩に頭突きする修行写真なども大量に飾ってある。「へー忍者の現当主だってさ。こんな修業して、今時何のためにやってんのかねえ」と明らかに小馬鹿にした発言を(英語で)していると、少し離れたところにいた人がツカツカとこちらにやってきて、ドイツなまりの英語で「彼は私の師であります。千葉に道場を持ち、私たちに技を伝授してくださっています」と真顔で俺にいうのであった。

 あまりの意外な展開に絶句し、「そ、そうですか、すると今でも本当に教えておられるんですね」とへどもどと答える。○○流古武術とジャケットに書いてある五分刈りドイツ人(?)の彼は、ニコリともせずに立ち去ったのであった。いや本当に口には気をつけないといけないというお話です。そういえばカナダのGも昔、「日本に行って忍者の修行をしたい」と俺に言い、俺たちにバカにされたのであった。きっと外国の人々にとって「ニンジャ」というのは、カラテとかアイキドーとかと同じマーシャルアーツの一種のような感覚なのであろうとMとひそひそ話し合う。

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 萌が一番楽しみにしていた「忍者からくり屋敷」は想像以上に面白かった。意外なところが戸になってるくらいは想像の範囲内だが(Mのからくり見破り情熱がすごかった・笑)、目くらましの部屋にはまさに驚愕。あんなのはカナダが誇るサイエンスワールドでも体験したことがない。さらにやっと出口を見つけたと思って行ったところが元の入り口で、係のおじさんに「まだ半分しか見てないよ」といわれヒントをもらい、嬉々として探検し直す。萌は暗い部分でやや怖がっていたが、大丈夫、次のドアはどこだと元気づけて、皆で心底楽しめた。外にある忍者橋等も楽し。



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 もう一軒施設を訪れてから最後に中社でお参り。中社からは美しい山々を眺めながらゆるりゆるりと降りていく。日本の山道は走っていて面白いなあとつくづく思う。巨大ボルボだし後ろを疲れさせたくないのでペースは格当遅いのだが、それでも面白い。レガシィだったらなあとは常に思うが、パワーのいらない下りをゆっくり走っているかぎりボルボも適度なフラットさを保て快適に走れる。移動をするにはカナダの道のほうがストレスがなく効率が高くて快適なのだが、低速でゆるゆる走る日本の山道はなんともいえず味わい深い。日本でバイクやスポーツカーが盛んなのは、こういう道がどこにでもあるからだよなあ。

 暗くなる頃帰宅。やはりちょっとだけでも旅は楽しい。こういう日本のぐわと声が出るような美しい山を見ながらのゆるゆる田舎旅が、やっぱり俺はバイク時代からずーっと同じでいちばん楽しい。Mも萌も疲れてもニコニコでした。

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