2012/01/26

カルカソンヌ破壊戦法の解析(2016年簡易改訂版)

(2012/01/26 初版、2016/08/04 改訂)
【2016年】長年この記事は読まれているので、1/2 ほどに簡潔化しました。修正前の旧版はこちらにあります。

最近1年ぶりにBSWオンラインでカルカソンヌをやっている。今日は久々にびしびしトラップ(町を完成できなくしてミープルを封殺する)してくる強い相手と当たり、初戦惨敗。リマッチを挑み今度は最初からディフェンシブに戦い、大聖堂シティを完成するタイルさえ引ければ当方の勝ちというところまで持ち込むも、引けず僅差で負けた。しかしやっぱりトラップしてくる相手とのゲームは、緊張してあまり楽しくないな。まあ勝ったら相手の土俵で勝ったという達成感は得られたろうが、こういう手を打つ強い相手にはそうそう勝てるものではない。

すべての構築中の町は2~4枚タイルを重ねて使えば破壊(ミープルをトラップ)でき、確実な防御法は存在しない。したがってこういう打ち手とやる場合点を取るよりもトラップリスクを避けることが最優先となり、所持する町が大きいほど完成に時間がかかりリスクは増すので、小さい町を作っては閉じのじりじりしたゲームとなる。町を拡大するタイルを取っても、自分の町に加えるとトラップされる危険が増すためただ捨てるということすらある。廃墟が散乱する場はまさに悲しき戦場。

こういう攻撃してくる人を相手にするときはこちらも対抗上トラップにトライするのだが、相手は攻撃の専門家なので守備法も熟知しており、こちらよりはるかにうまく防御してくる。このカルカソンヌ破壊戦法と防御法を戦術としてまじめに考えるとこんな感じ。




(画像はフリーの Java (PC、Mac) 版カルカソンヌ、JCloisterZoneより。ガンガントラップ攻撃してくるので練習に最適。例は拡張1「大聖堂」と2「建築士」セット入り)



【例1:悪手3辺フラット待ち】(開口部がフラットな3タイルの辺になる
(青番号が敵の攻撃手順)

(1) 町の開口部①に道のついたタイルを持ってこられると、◆に置けるのは数少ない《道+町》タイルに限定される
(2) ②に道のないタイルを置かれると、◆に置けるタイルは《町+右に出る道》という1種類3枚しかなくなる。この時点で確率的にほぼアウト。
(3) ③を足場に④を置かれると、道の出口がなくなり合う形状のタイルが存在せず詰む。

こうして道を起きその出口をふさぐのが破壊の基本なのだ。

破壊戦法が好きな人はこの攻撃パターンとタイルの配分を熟知しており、守備においても①を置かれたら②を置かれる前に、それに間に合わなかったら④を置かれる前に道の出口を作るよう手を打つわけだが、このように最も攻撃されやすい形なので、うまい人はそもそもこういうフラットな開口部を作らない。大聖堂など4面全部が町のタイルを使うとどうしてもフラット待ちになるので、それらのタイルを引いたら捨てるか相手の町にくっつけてしまうのだ。






【例2:安全な保守2辺待ち】(開口部が最大2辺になる)
(これも青番号が敵の攻撃手順)

破壊型プレイヤーを相手にするときは大聖堂などの四辺町タイルの使用を避け、構築中のどの段階でも開口部が最大2辺である細長い町にするというのが安全策となる。3辺待ちとの違いは:

(1) 町の開口部①に道のついたタイルを持ってこられても、
(2) 敵が攻撃の土台となる②を置き、さらに③を置くまで下方に逃げるスペースがある

ということで、敵側がトラップするための手数が1手増し、それによりクローズできる可能性が大幅に高まるわけです。




試しに JCloisterZone でやってみればわかるが、「道の出口をなくす」というコツさえわかれば誰でもPC(コンピュータ)プレイヤーのミープルなど全部凍結できる。引いたタイルを全部PCの町や道のまわりに投棄していくだけでミープル全員を凍結でき、そのうち半分くらいは完成しないまま終わる。カルカソンヌはこのように、やろうと思えば簡単にどこまでも破壊できるゲームなのだ。

PCがミープルを置くたびにそこを潰していくと、これはボードゲームというよりモグラ叩き系のアクションゲームだなと感じる。それが面白いというサディスティックな気持ちはわからんでもないが、人を相手にここまでやるのは子供じみた嗜虐的な遊びであり勘弁してほしいと思う。しかしBSWにはこうしたミープルのトラップを主というか唯一の戦術とする人もまれだが実際にいる。

トラップを主戦法としない一般的戦法のプレイヤーとやる競技カルカソンヌは、最高に面白い。前にも書いたが(「カルカソンヌ破壊者論」)カルカソンヌにおいて町への侵入を巡る攻防は素晴らしくフェアで、攻撃側も防御側も知恵を尽くし持てるリソースと運と創造性を注ぎ込み、これぞこのゲームデザインの神がかった優秀さであると思う。

守る側は敵のミープルが入れないよう町をデザインし、重要な町には複数の兵(ミープル)や建築士コマも入れてあらゆる攻撃に備える。ここにこのゲームの創造性が宿る。攻める側は町の閉じかけた門にかじりつき、なんとかして自兵を送り込むべく努力する。閉じようとする門から守備方と同数以上の兵を送り込まねば負けなので、守るのも大変だが攻めるほうがより難しい。これはゲームの道理としてそうあるべきで、人のものを奪うのは守るより困難で、多くの兵に守られたものならなおさらだというのがよろしい。事実そうなっているというカルカソンヌのバランスが、奇跡のように美しい。

ところが、この「陣地デザインと人員増強により敵の侵入を防ぐ」というロジックは、破壊に対しては無力なのだ。侵入防止と破壊防止では必要なロジックが全然違うのである。



【例3:同じ陣形での守備力の違い】

(左)侵入攻撃:青が防御兵力3(1+2)を置いているので、赤が兵力2を送り込んでもポイントは取れない。
(右)破壊攻撃:B、C、D、Eとおなじみの手順で出口を消されたら青の3兵力はトラップ。

このように侵入に対しては守備兵増員で対抗できるので、乗っ取りを防ぎつつ巨大な町を作るというスリルを楽しめるのだが、破壊戦術の前には守備兵力はいくらいても無駄どころか、いればいるほど無駄死にが増すだけということになる。構築側にとっては「ミープル兵を3個配した安全策」が、破壊側には「一気に3個もトラップできる愚策」になるわけである。3個失ったらもはや勝ち目はないので、破壊型と当たるとこういう大きな町を作り多数人員を配すほうがバカという、リスク回避がゲームのメインテーマとなる。大きな町への侵入を巡る派手な攻城戦は、ゲームから消えてしまうのだ。

破壊攻撃側は町の門が閉じなくするのだけが目的だから、閉じかけの門にどんどんゴミを放り込んでいくだけでいい。自分のミープル兵は使わないのでなんのリスクもない。安全圏から大砲を打ち込むようなものだ。破壊に使うタイルに整合性は不要なので破壊用リソースは無限にあり、防御タイルは上記例1~3の通り限られている。どれほど守備兵が町に投じられていてもゴミ投棄は防げない。 

人のものを壊すのが守るより簡単で、多くの兵が守るほど守備側の被害が甚大になるというのは道理に合わないし、ゲームの物語性を損なう幻滅感がある

この例3でも、攻撃側が妨害をして町の完成を遅らせた上で、新たな開口部に向け自分のミープル兵を送り込み合流や乗っ取りを謀るならばフェアで面白いと思う。その場合はミープル兵を投じることで攻撃側の赤にも自分の兵を失うリスクが生じるので、完成不能は回避しつつ創造的な攻防が繰り広げられるだろう(まあ相手ミープルを自分より1個でも多くトラップできるなら完成不能を選ぶという「無理心中型」もいるのだが)。

ゲームは全て、賭けるリスクとそのリターンがあればこそ面白いのではないだろうか。破壊戦術は攻撃側のリスクがゼロなところが、甚だしくアンフェアでつまらんのである。

 攻撃的なゲーム行動には中毒性があり、人には相手をやっつけたいという抑えがたい自己顕示欲がある。それを抑えよというのはマナーの問題であり、遊びにマナーが入ってくるとこれは急速に輝きを失っていく。だから破壊戦法をやめろとはいえない。それだけがカルカソンヌの欠点なのだ。◆

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