【旧版】カルカソンヌ破壊戦法の解析

2012/01/26 22:18
2016年簡易改訂版はこちら
【加筆】3箇所あり、薄紫背景 12/01/29
「例4:同じ陣形での守備力の違い」を追加。12/02/12

最近1年ぶりにBSWオンラインでカルカソンヌをやっている。今日は久々にびしびしトラップ(ミープルが入った町を完成できなくする)してくる強い相手と当たり、初戦惨敗。リマッチではギリギリまで戦い、大聖堂シティを取るタイルさえ引ければ俺の勝ちというところまで持ち込むも、引けず僅差で負けた。しかしやっぱりトラップしてくる相手とのゲームは、緊張してあまり楽しくないな。まあ勝ったら相手の土俵で勝ったという達成感は得られたろうが、こういう手を打つ強い相手にはそうそう勝てるものではない。自分の打つ手がどう展開し点につながるかは直感的にわかるが、その町が数手先にトラップされる危険があるかどうかは思考が及ばないところがある。

すべての構築中の町は2~4枚タイルを重ねて使えば破壊(ミープルのトラップ)できる。したがってこういう打ち手とやる場合とにかくリスクを避けることが戦略上重要になり、所持する町のサイズ分だけ攻撃されるリスクは増すので、小さい町を作っては閉じのじりじりしたゲームとなる。町タイルを取っても、自分の町に加えるとトラップされる危険が出るため捨てるということすらある。廃墟が散乱する場はまさに悲しき戦場の様相。

こういう攻撃してくる人を相手にするときは俺も対抗上トラップにトライするのだが、相手は攻撃の専門家なので守備法も熟知しており、俺よりはるかにうまく防御してくる。このカルカソンヌ破壊戦法と防御法を戦術としてまじめに考えるとこんな感じ。


【例1:最悪のフラット待ち】(開口部がフラットな辺になる)
(画像はフリーの Java (PC、Mac) 版カルカソンヌ、JCloisterZoneより。ガンガントラップ攻撃してくるので練習に最適。例は拡張1「大聖堂」と2「建築士」セット入り)

●青い番号が敵の攻撃手順。敵が①で開口部に道を持ってきただけで◆に置けるタイルは《町+道》に限定され、②に草原系のタイルを置かれたら◆に置けるタイルは1種類3枚しかなくなってしまう。カルカソンヌにおいて一辺が町で道がついたタイルというのは希少なのだ
●さらに③④と置かれたら合う形状のタイルが存在しなくなり完全に詰む。道の出口をなくすというのが破壊の基本なのである。
●破壊好きな人はこの攻撃パターンとタイルの配分を熟知しており、守備においても①を置かれたら②を置かれる前に、それに間に合わなかったら④を置かれる前に、《①の道の出口を作る》よう手を打つわけだが、このように最も攻撃されやすい形なので、うまい人はそもそもフラット待ちを作らない。




【例2:攻撃をしのぎやすいL字待ち】(開口部がL字)

●何度もやられてこの俺も、防御の定石として開口部は常に90度、L字の1枚(★)のみにするよう学習した。こうした90度開口部だと、妨害の足場となる①③を置かれても自分で②④の位置に防御タイル(道が中に入ってこないタイルや道の出口を作るタイル)を打つ時間的余裕がある
●さらに最悪①②③④と囲まれ出口をなくしても、拡張が入ったセットならば★に置けるタイルが存在する。

このようにL字待ちはフラット待ちよりもはるかに守りやすいわけだが、しかし問題はこの形に持ち込む前はいったんどうしても例1の「フラット待ち」になってしまうことで(例1の◆部に三角町タイルを自力で置けた場合のみL字待ちになる)、フラットになった時点で攻撃を受けてしまう。
(2回続けて打てる建築士ルールならば、計画すればL字を作りやすい。フラット面を作ったそのターンで建築士を発動させ、次に引いたタイルでL字を作るというパターン。)


【例3:最も安全な保守2辺待ち】(開口部が最大2辺になる)

●したがって破壊型プレイヤーを相手にするときは大聖堂などの四辺町タイルの使用を避け、構築中のどの段階でも開口部が最大2辺である細長い町にするというのが一番の安全策となる。①で攻撃が始まっても③⑤が置かれるまでは下方右方にスペースがあり、余裕で逃げられる。しかしこれじゃショボイですよね。

上図の各例における①②③はいわば進路妨害で、俺も相手の大都市がどんどん広がってしまいヤバイといった非常時にはやる。しかし④⑤と詰めていくのは破壊をしてくる相手への反撃以外にやったことはなく、相手のミープルをトラップすることを主要な戦略としてプレイする破壊戦法なんて考えたこともない。それが一番腹の立つ打ち方だ。そういう打ち方をされるとトラップされないことが最優先課題となり、ゲーム内でやれることが大幅に制限されてしまう。自由で創造的には打てなくなる。
【加筆】「カルカソンヌで妨害は全てダメ」と言ってるように読めたかもしれませんが、4枚5枚と妨害タイルを1箇所に盛りトラップする戦法がいかがなものかという話です。もし1手でトラップされたらその地形を作った側がヘボだったのは瞭然で腹は立ちません。同様に強い相手が凡ミスで1手でトラップできる箇所を作ってしまったなら、ぼくもトラップします。

試しに JCloisterZone でやってみればわかるが、「道の出口をなくす」というコツさえわかれば誰でもPC(コンピュータ)プレイヤーのミープルなぞ全部凍結できる。完全に「詰み」にするには技術とタイル知識がいるが、引いたタイルを全部PCの町や道のまわりに投棄していくだけでミープル全員を凍結でき、そのうち半分くらいは完成しないまま終わる。カルカソンヌはこのように、やろうと思えば簡単にどこまでも破壊できるゲームなのだ。

PCがミープルを置くたびにそこを潰していくと、これはボードゲームというよりモグラ叩き系のアクションゲームだなと感じる。これが面白いというサディスティックな気持ちはわからんでもないが、ヒトを相手にここまでやるのは勘弁してほしいと思う。しかしBSWにはこうしたミープルのトラップを主目標にする人も事実いる。
【加筆】こういう徹底した破壊戦法を取る人はBSWでもまれだが、こういう人と当たるとお互い破壊合戦しかやりようがなくなり、町構築を競い奪い合うカルカソンヌではなくなってしまう。俺(とおそらく多くのBSWカルカソナー)はそのゲームをやりたくはないのだが、破壊カソナーは否応なしに破壊合戦に持ち込むのである。こうした人々とプレイしたくないので Bad List というキルファイルに登録しても、実際はまるでブロックできないという意味不明な仕組みになっている。

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トラップを主戦法としない一般的戦法のプレイヤーとやる競技カルカソンヌは、最高に面白い。前にも書いたが(「カルカソンヌ破壊者論」)カルカソンヌにおいて町への侵入を巡る攻防は素晴らしくフェアで、攻撃側も防御側も知恵を尽くし持てるリソースと運と創造性を注ぎ込み、これぞこのゲームデザインの神がかった優秀さであると思う。

守る側は敵のミープルが入れないよう町をデザインし、重要な町には複数の兵(ミープル)や建築士コマも入れてあらゆる攻撃に備える。ここにこのゲームの創造性が宿る。攻める側は町の閉じかけた門にかじりつき、なんとかして自兵を送り込むべく努力する。閉じようとする門から守備方と同数以上の兵を送り込まねば負けなので、守るのも大変だが攻めるほうがより難しい。これはゲームの道理としてそうあるべきで、人のものを奪うのは守るより困難で、多くの兵に守られたものならなおさらだというのがよろしい。事実そうなっているというカルカソンヌのバランスが、奇跡のように美しい。

ところが、この「陣地デザインと人員増強により敵の侵入を防ぐ」というロジックは、破壊に対しては無力なのだ。侵入防止と破壊防止では必要なロジックが全然違うのである。たとえば、


【例4:同じ陣形での守備力の違い】
(左)青が3コマ(1+2)を入れているので、赤がAに2を送り込めてもポイントは取れない。
(右)開口部に道のあるタイルBが置かれ、C、D、Eとおなじみの手順で出口を消されたら青の3兵はトラップ。

このように侵入に対しては兵力増力で対抗できるので、乗っ取りされずに大きな町を作れるのだが、破壊戦術の前には守備兵力はまったく無力となる。構築側にとっては「ミープル兵を3個配した安全策」が、破壊側には「一気に3個もトラップできる愚策」になるわけである。3個失ったらもはや勝ち目はないので、破壊型と当たるとこういう大きな町を作り多数人員を配すほうがバカという、リスク回避がゲームのメインテーマとなる。破壊防止策は上記例1~3のごとく、フラット面を作らず小さくコンパクトにクローズするということに尽きる。大きな町への侵入を巡る派手な攻城戦は、ゲームから消えてしまうのだ。

破壊攻撃側は門が閉じなくするのだけが目的だから、閉じかけの門にどんどんゴミを放り込んでいくだけでいい。自分のミープル兵は使わないのでなんのリスクもない。安全圏から大砲を打ち込むようなものだ。タイルの整合性は不要なので破壊用リソースは無限にあり、防御タイルは上記例1~3の通り限られている。どれほど守備兵が町に投じられていてもゴミ投棄は防げない。人のものを壊すのが守るより簡単で、多くの兵が守るほど守備側の被害が甚大になるというのは道理に合わないし、ゲームの物語性を損なう幻滅感がある

この例4でも、赤がBとCで町の完成を遅らせた上で、新たな開口部に向け自分のミープル兵を送り込み合流や乗っ取りを謀るならばフェアで面白いと俺は思う。その場合はミープル兵を投じることで攻撃側にもリスクが生じるので、完成不能は回避しつつ創造的な攻防が繰り広げられる(まあ相手ミープルを自分より1個でも多くトラップできるなら完成不能を選ぶという「無理心中型」もいるのだが)。ゲームは全て、賭けるリスクとそのリターンがあればこそ面白いのではないだろうか。破壊戦術は攻撃側のリスクがゼロなところが、甚だしくアンフェアでつまらんのである

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1年前娘(11歳)とカルカソンヌをプレイしていて、上達した彼女が俺に対しさかんに妨害行為をするようになった。当時「それをやると破壊ばかりエスカレートして面白くなくなっちゃうよ」と彼女をたしなめ、

●『俺に対して妨害(上図の各例における①②③)をするのはOKだが、慣れてない他の人にはやっちゃダメ』
●『完成しなくなっちゃう形(④⑤)にするのはダメ』

という感じのハウスルールを設定したのだが、これは人工的であまり説得力がないと自分でも思っていた。俺に対して妨害はOKとすると子供はやはり鼻白むタイミングで妨害してきたりする。自分の構築をしたほうが生産的で有益なのに、ちょっとでも妨害できる箇所を見つけるとうれしくて短絡的にそこに打ってしまう。またビギナーであるお母さんや他の家族と打つときにも彼女には妨害できる箇所が丸見えで、それが許されないことに実力を抑えつけられるようなフラストレーションを感じていたようだ。攻撃的ゲーム行動には中毒性があり、子供には抑えがたい自己顕示欲がある。それを抑えよというのはマナーの問題であり、遊びにマナーが入ってくるとこれは急速に輝きを失っていく。かくして風船から空気が抜けるように娘のカルカソンヌから盛り上がりが失せ、彼女はまったくやらなくなってしまった。

カルカソンヌにおける破壊活動は創造的自由度と楽しさをスポイルする。しかもそれには中毒性がある。しかし「こういう妨害はダメ」というルール上の線引きができない(※)。やりようがない。それだけがカルカソンヌの欠点なのだ。
【加筆】デザイナーはミープルのトラップを目的とした攻撃をルールでエレガントに制御/制限はできなかったのだろう、なにか手があるならばしただろうというのが私の考え。別デザイナーによる派生ゲームですが、未完成でもミープルを回収できるというルールがある「カルカソンヌ~新たな地~」はそこにアドレスしたゲームなのかも。

娘には今俺がここに書いたようなカルカソンヌの都市攻防の奇跡とその美を説き、破壊行為のアンフェア性を述べ、妨害のチープスリルより構築の面白さにうまく目を向けさせるべきだったと反省している。一度離れた子供の気持ちを戻すことは難しい。カルカソンヌに限らず攻撃的ゲーム行動のコントロールというものは、実に難しい。

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